北海道富良野市
航海に正確な地図と羅針盤が必要なように、地域づくりに客観的なデータは欠かせない。今回は、北海道のほぼ中央に位置する「へそのまち」で、富良野盆地の中心都市である富良野市について、まちの羅針盤(地域づくりの方向性)を検討したい。
地域経済を支える農業
富良野市は「スキーのまち」として世界的に知れ渡るとともに、1981年から放映されたTVドラマ「北の国から」の反響もあって、全国的に有名な観光地となった。のみならず、2010年には、まちなかの大型病院跡地に民間主導で商業施設「フラノマルシェ」をオープン、郊外を訪れる観光客を中心市街地に呼び込むことにも成功している。現在でも、域外からの来訪者が当市で活発に消費しており、当市の地域経済循環(15年)においても、GRP(地域内総生産)の2割近い規模の民間消費額の流入が生じている。
一方、開拓以来の歴史もあり、当市経済の基幹産業は「農業」である。稲作から畑作などへの転換も成功し、地域の生産額の2割を占め、域外から最も所得を稼ぐ地域最大の移輸出産業となっている。ただ、裏を返せば、加工せずに移輸出しているということでもあり、GRPを底上げする製造業が育っていない遠因でもあろう。現に、民間投資額は域外に大きく流出している。
また、「食料品」が地域最大の移輸入産業となっているように、地域の資源が十分に活用されているとはいえず、当市の域際収支(地域の経常収支)の赤字(所得の流出)はGPRの2割を超えている。
地方交付税交付金などの財政移転に加え、観光振興やフラノマルシェなど「まち育て」の取り組みで民間消費は流入傾向にあるが、域際赤字で地域に所得が残らず、労働生産性は全国1719市町村中1457位にとどまり、依然として「農業」の移輸出で支えられているのが当市地域経済の現状であろう。
富良野市の課題は、地域住民の努力で域外から消費を呼び込む力は高まったが、呼び込んだ消費(所得)を地域で循環できていないことだ。
関係人口を力に
これまでの「まち育て」の取り組みが成功し過ぎていることも要因であろう。観光や小売りなど労働集約的な産業に従事する割合が4割超と高止まりし、労働生産性や住民1人当たり所得が伸び悩み、人口減少の抑制に結び付いていない可能性もある。地域課題の解決や再生可能エネルギーの開発など域際収支の改善につながるシーズを発掘し、地域ビジネスへと育て、域内投資を活発化するという一連の流れこそ、今の当市に必要な取り組みだ。市域の7割を山林が占め、開発可能面積に制約があり、付加価値を上げていかざるを得ないという事情もある。
これまでも当市は、1972年のぶどう果樹研究所開設を契機に「ふらのワイン」を、79年の農産加工技術開発専門委員会設置を契機に「ふらのチーズ」を特産品化している。こうした経験・ノウハウを、サービス業など他分野にも展開することで、新しいビジネスの可能性を広げることができる。大事なことは、地域住民だけではなく、巨大な交流人口をうまく巻き込むことだ。新たな視点を活かして新しい何かを生み出し、誰でもが挑戦できる・挑戦しやすい仕組みが重要となる。特に、子育て世代の就業を促す地域ビジネスは、転出抑制のみならず、人手不足を解消し、生産性向上にも寄与するのではないか。なにより、新しい何かに携わった交流人口こそ定住人口となることが期待できよう。
富良野市民憲章に「美しい自然の環境につつまれながら新しい生産都市をつくりあげる」とあるが、市民だけでなく、幅広い関係人口を巻き込んで新たな生産都市となる「まち育て2・0」が今後の目指すところだ。
これまでの取り組みをアップデートし、全国でも地域ビジネスが創業しやすい地域となること、それが富良野市の羅針盤である。 (DBJ設備投資研究所経営会計研究室長、前日本商工会議所地域振興部主席調査役・鵜殿裕)
最新号を紙面で読める!