最近、米国政府は、香港やチベット、新疆(しんきょう)ウイグル自治区などでの中国の人権問題への圧力を強めている。それに呼応して、ドイツなど欧州各国の対中姿勢も変化し始めた。3月には、米英加と欧州連合(EU)が新疆ウイグル自治区での人権侵害を理由に中国共産党幹部に制裁を科した。人権問題に関して、世界各国の企業を取り巻く環境は急速かつ大きく変化しているといえる。
欧米の大手企業は、強制労働や児童労働などに関して明確に反対の立場を示し、より多くの利害関係者(ステークホルダー)から事業運営への理解と賛同を得なければならない。知らなかった、では済まされない時代が到来していると、企業経営者は冷静に認識すべきだ。人権問題に関して、米中の対立は先鋭化する可能性がある。基本的人権の尊重を共通の価値観とするEU加盟国は、中国などの人権問題への批判を強めるだろう。その状況下、わが国企業は、人権問題に関して是々非々の姿勢を明確に示し、より透明なサプライチェーン・マネジメントを目指すべきだ。
これまで中国共産党政権は、経済成長を実現することによって求心力を維持する一方、人権を重視する政策をとってこなかった。1989年6月4日に発生した天安門事件はまさにその象徴といえるだろう。それを見た西側諸国の経済の専門家の多くは、これで中国が自由民主主義体制に向かうと予想した。社会主義体制の多くの国において、民衆の反発などを発端に経済体制が市場経済へ移行したからだ。しかし、そうした予想と大きく異なり、中国共産党政権は経済の運営体制(国家資本主義体制)を強化して高い経済成長を実現する一方で市場開放を進めて海外の企業を国内に誘致し、国営・国有企業は海外の企業と合弁事業を運営した。農村部から沿海部の工業都市に低賃金の労働力が供給され、中国は〝世界の工場〟としての地位を確立した。
その後リーマンショックを境に、中国の国家資本主義体制の強さは鮮明化したといえる。4兆元(当時の邦貨換算額で57兆円程度)の経済対策によって、2009年7~9月期に中国経済の成長率は10%台を回復し、10年にわが国を抜いて世界第2位の経済大国に成長した。当初、オバマ政権は、景気回復のために中国との関係を重視したが、医療保険制度改革などを巡って共和党と対立した。その結果、同政権はアジア政策に十分なエネルギーを注げなかった。その隙を突くようにして中国は〝一帯一路(21世紀のシルクロード経済圏構想)〟を提唱し、南シナ海での領有権を主張し始めた。それに対して米国は中国の台頭に危機感を強め、16年11月にトランプ政権が誕生すると対中強硬姿勢を示し、バイデン政権もその見解を踏襲している。
19年3月の対中戦略文書の中で欧州委員会は、中国は異なる統治モデルを追求する体制上のライバルであると位置付け、人権問題への懸念を示し始めた。21年2月にはオランダが、5月にはリトアニアがウイグル族の置かれた状況を〝ジェノサイド〟と認定し、欧州議会は中国との包括的投資協定の審議を停止した。今年6月3日、バイデン政権は、米国人による中国企業59社への株式投資を禁止する大統領令を発表した。その中で、先端技術を用いて人権の抑圧、弾圧を行う中国は、米国の脅威と明記している。主要7カ国首脳会議(G7サミット)でも中国の人権問題が取り上げられた。
欧米では、企業に人権に関するリスクの分析や情報開示を求める法令が制定されている。わが国もそうした取り組みに遅れるべきではない。そうした展開を念頭に、企業は積極的に人権問題に取り組み、サプライチェーンの透明性を高め、国際世論からさらなる信頼と支持を獲得するスタンスを示すべきだ。人権の尊重が世界経済の安定と成長に不可欠という姿勢を明確にし、その価値観に基づいた事業運営を徹底することだ。それは、企業の社会的責任に無視できない影響を与える要素と考える。 (6月14日執筆)
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