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あの人を訪ねたい 五味弘文

「恐怖の先にある“ワクワク”を追求したい」

東京ドームシティ アトラクションズ(旧称後楽園ゆうえんち)の「怨霊座敷」に颯爽(さっそう)と現れたのはお化け屋敷プロデューサーの五味弘文さん。30年近く、お化け屋敷一筋で業界を盛り上げているエンターテイナーだ。これまで手掛けたお化け屋敷は約80カ所。「お化け屋敷は子どもだまし」と高をくくる大人をも震え上がらせている。

大人もワクワクする「恐怖を味わうアトラクション」へ

東京ドームシティ アトラクションズに4月にオープンした「怨霊座敷」。その出口付近で五味さんは、中から飛び出してくるお客さんを“出待ち”していた。「足がすくんで前に進めなかった」「怖すぎて笑えた」「Oh my goodness!!」恐怖に国境はないようで、国際色豊かな人たちが多様な反応をする。それを面白がっているようにも見えた。

この日「怨霊座敷」を体験した取材陣も、やはり跳び上がって絶叫した。揚げ句、恐怖で前に進めなくなり後ろのお客さんを待たせたほどだ。「あと何分この恐怖に耐えなくてはならないのか」。我慢の限界がきたころ、出口で笑う五味さんの姿が目に入った。

五味さんのプロデュースするお化け屋敷はなぜこうも恐ろしいのか。ヒントは物語性とキャスト(演者)にある。「例えば暗闇に女性が立っているとします。それだけでも怖いのですが、女性に名前があるともっと怖い。『怨霊座敷』の主役は夜雨子(ようこ)といいます。彼女はひどい男にだまされて床下に埋められた不幸な女。その背景を知ると、お客さんは夜雨子の“怨念”を感じてゾッとするのです。『怨霊座敷』は、靴を脱いで入るお化け屋敷です。裸足(はだし)で歩くその床下から、ワッと驚かす仕掛けもご用意しました」。もう一方のヒントが、キャストだ。「怨霊座敷」には夜雨子本人が登場する。機械仕掛けではない生身の人間が全力で“なりきる”から、怖さが倍増するのだ。

人を楽しませることが原点でありゴール

子どものころから人を楽しませることが大好きだったという五味さん。初めて自分のアイデアで人を楽しませたのは、小学3年生のときだった。夏休みに自宅の一室をお化け屋敷に改造して、叔父や叔母を驚かせてみせた。「大人は冷静な生き物」だと思っていたが、目の前で自分がつくった仕掛けで慌てふためく大人の姿に感激した。

この原体験は、のちに演出家という形に転化する。大学時代は芝居にのめり込み、脚本を担当していたという。しかし芝居だけでは食べていけず、イベント企画のアルバイトをするようになった。チャンスはやがて訪れる。1992年、東京ドームシティ アトラクションズで「ルナパーク」という夏期限定の大人向けイベントが開催され、五味さんも企画から携われることになったのだ。

「僕が企画したのはたくさんのキャストが出演するお化け屋敷です。いかにも演劇人らしい発想でしょう。出演を依頼したのは舞踏集団『大駱駝艦(だいらくだかん)』を主宰する麿赤兒(まろあかじ)さん。面白そうだと言って賛同してくださいました」

そうして生まれたのが「麿赤児のパノラマ怪奇館」だった。ダンサーがお客さんを驚かすこのお化け屋敷は「リアルで怖い」などと話題をさらい、連日長蛇の列になった。五味さんは、恐怖で人を楽しませる才能に秀でている。だからこそのポリシーがある。「グロテスクはやらない」。「内臓がぐちゃっと飛び出せば、そりゃ怖いです。しかし、嫌悪感も抱かせてしまう。また、気持ち悪いという感情に逃げられると恐怖心が薄れます」。あくまで五味さんのゴールは恐怖で人を笑顔にすることなのだ。

効率化にとらわれると本質を見失う

五味さんは次々と新たなお化け屋敷を生み出していった。その中で五味さんの代名詞といわれているのは、お客さんにお化け屋敷の中で行わなければならない任務を与える「ミッション型のお化け屋敷」だ。この作品をつくる過程で、五味さんはお化け屋敷制作を根本から改革する。以前のお化け屋敷は「制作」と「運営」に分業してつくられていた。その方が効率はいい。しかし、効率重視のスタンスで本当に面白いものを生み出せるだろうか。そんな葛藤がつきまとっていたという。

「例えばAの企画をやりたいと制作側が提案したとします。それが運営側にとってリスクの高い仕掛けだとしたら、運営側は保守的になります。話し合いの末、双方の歩み寄りを行うわけですが、妥協で終わるのは絶対にダメ。リスクを一緒に乗り越えてこそ、素晴らしい作品を生み出せるからです」

『赤ん坊地獄』(1996年)は一切の妥協を許さなかったからこそ実現した、世界初のミッション型のお化け屋敷だ。お客さんに人形の赤ちゃんを抱えて母親に届けるという役割を担わせ、大ヒットした。その後、五味さんは制作と運営の一体化を図る。予算管理、脚本、演技指導、運営、プロモーションなど全てを五味さんが担うことで、脳内に描いた構想をブレずに具現化できるようになった。こうして、お化け屋敷プロデューサーという唯一無二の職業が生まれた。

「僕が約30年この仕事を続けてこられた理由は、お化け屋敷から目をそらさなかったからです」

もし恐怖で人を楽しませることだけにこだわらなければ、ジェットコースターなどほかのアトラクションをプロデュースしてもよかったはずだ。しかし五味さんは“浮気”をしなかった。「一つのことを細く深く掘っていくと、新しい発想が生まれる」。五味さんのお化け屋敷が“精神的にくる”理由は、客の心理を考えているからだ。五味さんの著書『お化け屋敷になぜ人は並ぶのか』に記されているのは「緊張と緩和の理論」「吊(つ)り橋効果」など人の心理に基づくノウハウだ。驚くべきまでの恐怖への執着心。人の心の動きを計算し尽くした上でプロデュースしているのがよく分かる。

そんな五味さんに次の目標について尋ねてみると、「世界で勝負してみたい」と言う。勝算がないわけではなさそうだ。西洋と日本とでは恐怖の種類が違うのだ。「例えば名もなきゾンビが襲ってくる、あるいはジェイソンが斧(おの)を持って走ってくる。もちろん怖いのですが、どこかカラッとしていませんか。キャストが物語を背負っていないからです。対して『四谷怪談』はどうでしょう。お岩さんの恨みつらみが怨念となりジンワリと襲ってくる。陰湿な感じがします」。その話を聞きながら、「怨霊座敷」で出会った外国人客を思い出した。彼らは英語で解説される物語のあらすじを読み、その上で意気揚々と中に入って行ったのだ。物語性は恐怖ばかりか好奇心をも助長させるようだ。「僕はもともと物語に生きる演劇人です。ネタは尽きません」。そう言って自信をにじませた。

五味 弘文(ごみ・ひろふみ)

お化け屋敷プロデューサー

1957年長野県生まれ。92年、後楽園ゆうえんち(現 東京ドームシティ アトラクションズ)の『麿赤兒のパノラマ怪奇館』で、演劇人を起用するお化け屋敷を生み出す。96年、ストーリーの概念を持ち込んだ『パノラマ怪奇館~赤ん坊地獄』を手掛ける。著書に『憑き歯~密七号の家』(幻冬舎文庫)、『お化け屋敷になぜ人は並ぶのか』(角川oneテーマ21)など。年間10案件に携わる売れっ子プロデューサー。

写真・後藤さくら

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