足元、世界的にインフレの懸念が高まっている。主要国の物価動向を見ると、目に付くのは石炭や石油、小麦やトウモロコシなどの価格上昇で企業間物価の上昇が顕著になっていることだ。今後、それは徐々に川下の消費者物価にも波及し始めると見られる。今回のインフレ懸念の高まりは、主に原材料価格の高騰によって企業のコストが上昇する、コストアップ型といえるだろう。世界的な供給制約は長期化する恐れがあるだけに、今後のインフレ動向が国内外の経済および金融市場に与える影響は軽視できない。
今春以降、主要国で企業間物価指数の上昇が鮮明だ。それが続くと、企業はコストの上昇に呼応して製品やサービスの価格を引き上げ始める。米国ではその動きが顕著だ。2020年12月、前年同月比で0・8%だった生産者物価指数の上昇率は、21年8月には同8・3%まで跳ね上がった。背景には、新型コロナウイルスの感染再拡大によって世界経済の供給制約が顕在化し、鉱山やエネルギー資源、自動車などの工業製品、あらゆる製品に用いられる半導体などの供給が減少、あるいは停滞したことがある。
また、ワクチン接種の増加などによって、経済活動の正常化が進み需要が盛り返しつつある。一方、供給サイドでは人手不足も発生している。その結果、米国をはじめ主要国では消費者物価指数が上昇している。8月の米消費者物価指数の上昇率は対前年比5・3%だった。米国では国内需要が旺盛なため、企業はコストの増加分を最終価格に転嫁しやすい。7月の米家計貯蓄率は9・6%と高い。貯蓄が消費に回ることもインフレを押し上げるだろう。
中国でも徐々に消費者物価指数に上昇圧力が掛かりつつある。また、ユーロ圏では、7月の生産者物価指数は前年同月比で12・1%上昇した。それはいずれ、川下の消費者物価指数の上昇圧力として作用することになる。
エネルギーや生鮮食品、さらにはタンカーの船賃まで幅広く物価が上昇する中、特に石炭価格の上昇が鮮明だ。過去1年間で石炭価格は約3・5倍も上昇し最高値を更新した。その原因は、世界最大の石炭消費国である中国と石炭輸出大国であるオーストラリアの対立だ。新型コロナウイルスの発生源を巡って中豪関係は悪化した。中国はオーストラリア産石炭の輸入を制限し、インドネシアやロシアからの輸入増加を重視した。これにより、中国は一部の火力発電所などで必要な石炭を確保できなくなっている。その結果、一部地域では停電が発生している。電力供給不足は生産活動にもマイナスで、生産量を増やそうにも新たに炭鉱を開発するには時間がかかる。
同じような事態が世界各国でも発生している。脱炭素への取り組みが進む中、燃焼時の温室効果ガス発生量が相対的に少ない、液化天然ガスを用いた火力発電を重視する国が増えている。その一方で、世界的な気候変動の激化を背景にして冷暖房のための電力需要が急速に増加。経済の正常化により電力需要が急速に伸びている中で、電力を各国が供給することは難しく、石炭火力発電を重視せざるを得ない。
英国ではトラック運転手の不足でガソリン供給が減少し、一部の買いだめ行動でパニック的な混乱が起きた。そうした状況下、わが国も10月から、マーガリン、輸入車、電力・ガス、小麦などが値上がりする。異常気象の影響で葉物野菜など生鮮食料品も値上がりしている。8月、わが国の企業物価指数は前年同月比5・5%上昇した。
一方で、世界経済の回復ペースは徐々に鈍化する恐れもある。中国の不動産企業の破綻懸念が高まり、中国の景気減速は一段と鮮明化するだろう。物価上昇懸念は金利を上昇させ、株価の下落リスクも高まる。いずれも世界経済にはマイナスだ。今後、インフレ圧力が強まると同時に、世界経済の減速する展開は軽視できない。それは、需要が縮小均衡に向かうわが国経済にとって大きな逆風になるかもしれない。(10月17日執筆)
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