台湾積体電路製造(TSMC)が熊本に新工場を建設すると表明した。新工場にはソニーグループとデンソーが参画し、回路線幅22~28ナノメートル(ナノは10億分の1)の演算用(ロジック)半導体が生産される予定だ。わが国の企業にとって、半導体の回路線幅の〝微細化技術〟で世界トップのTSMCとの共同事業の大きなチャンスだ。それに伴い、政府は企業の半導体分野の研究開発を支援したり、人材の養成などを行ったりすることを求められるだろう。
今後、世界経済全体でデジタル化や脱炭素への取り組みが加速することが予想される。米国政府は、半導体生産能力の強化や脱炭素化への対応方針を明確に示し、民間企業へのサポートを積極的に行うことを重視している。わが国が世界経済の環境変化に対応するためには、政府が民間企業の新しい取り組みを積極的に支援して、新しいモノを生み出す技術力を高めることが必要になる。
1990年代から2000年代半ばまで、世界の半導体産業のトップ企業は米インテルだった。同社は、マイクロソフトの〝ウインドウズOS〟を駆動する中央演算装置(CPU)の設計、開発、生産を自前で行うことで発展し、それによって、売上高ベースで世界最大の半導体メーカーに成長した。しかし、スマートフォンの登場を境にインテルの競争力は揺らいだ。米アップルなどは、iPhoneなどの機能向上のためCPUの設計・開発に取り組み始めた。TSMCはその生産を受託し、さらにはインテルやサムスン電子を上回るスピードで微細化を実現して一般的にファブレスと呼ばれるIT先端企業からより多くの需要を取り込んだ。その結果、TSMCは世界のファウンドリー市場の50%超のシェアを獲得するまでに成長した。そのTSMCがわが国に新工場を建設する意義は大きい。
TSMCが国内で半導体の供給を行うことは、わが国経済のけん引役である自動車産業などのサプライチェーンの強化に欠かせない。また、わが国企業は画像処理センサーなど汎用型の半導体分野でも一定の国際競争力を発揮している。世界最強のファウンドリーであるTSMCの対日直接投資は、わが国の経済安全保障体制の強化に資するはずだ。TSMCにとっても、熊本県に工場を建設することは有利な選択のはずで、設営される22~28ナノメートルの汎用型半導体の生産ラインは最先端ではないため、ハードルは低い。また、わが国政府による補助も大きい。10年代に入りTSMCは毎年100億ドル(約1・1兆円)を超える設備投資を行った。21年の投資額は300億ドル超だ。先端分野の製造技術向上のために、設備投資は増えるだろう。その状況下、総額8000億円程度とみられる熊本工場の建設費用のうち数千億円をわが国政府が支援するため、同社は投資負担を抑えられる。
さらに、直接投資はTSMCがわが国の半導体需要をより多く獲得することにもつながる。画像処理センサー分野で世界トップシェアを持つソニーは、取り込んだ画像をデータに変換するためのロジック半導体をTSMCから調達する。TSMCが必要とする超高純度の半導体部材や製造・検査装置、さらには製造したロジック半導体をケースに封入するための資材などは、日本企業から調達する。
今後、世界経済全体で〝ファクトリー・オートメーション〟などIoT関連技術の需要拡大やデジタル空間上での交流やサービスの消費を意味する〝メタバース〟など、世界経済のデジタル化は加速する。脱炭素を進めるためにパワー半導体の需要も増す。最先端の半導体生産ラインを持つ国・地域の影響力は一段と増すだろう。わが国は高付加価値の素材や機械分野で新しい製造技術の創出に取り組む旗印を明確に掲げ、労働市場の改革や関連企業へのサポートを強化すべきだ。それをどう生かすかは、政府や民間企業が熱意とスピード感で改革を進め、民間企業の新しい取り組みを引き出すかにかかっている。(11月15日執筆)
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