世界、そして日本も脱炭素化に向けて動き出した。中小企業にとって、脱炭素化はハードルが高いと考えられているが、この流れをチャンスと受け止めて、再生可能でクリーンな新エネルギーのビジネス化に取り組む地域の企業や商工会議所を紹介する。
「おわせSEAモデル構想」でバイオマス発電の事業化を目指す
人口減少と少子高齢化の問題に加え、地域経済をけん引してきた尾鷲三田火力発電所が廃止され、大きな打撃を受けている尾鷲市。その状況を打開しようと、市、中部電力、尾鷲商工会議所の3者に、三重県や三重大学をオブザーバーに加え、発電所の広大な跡地再活用を目指して、2018年から「おわせSEAモデル構想」を推進している。
地域の火を消さないために「SEAモデル」を始動
尾鷲市は、三重県南部に位置する、人口約1万6000人の小さなまちだ。古くから天然の良港として水産業と、温暖多雨な気候と急峻(きゅうしゅん)な地形を生かして林業で栄えてきた。また、「紀伊山地の霊場と参詣道」として04年に世界遺産に登録された、熊野古道という魅力的な観光資源も有する。
にもかかわらず、人口減少と少子高齢化が著しく、人口はピーク時から比べて約53%減少し、多くの地区で高齢化率が60%を超えている。そうした状況の中、1964年の運転開始から50年以上にわたって地域経済をけん引してきた中部電力尾鷲三田火力発電所が、18年に廃止となる。これにより、中部電力が所有する約64万㎡の広大な跡地を有効活用して、いかに地域活性化に結び付けるかが喫緊の課題となった。
「発電所の廃止の話は15年ごろから出ていました。商工会議所としては、地域経済や雇用維持のためにも『火を消さないでほしい』と、市を通じて中部電力に要望していましたが、脱炭素の潮流から意向に沿えないとの回答でした。その代わりに、跡地を再開発して有効活用する、全国に先駆けたモデルケースにしたらどうかと提案されたんです」と同所伊藤整会頭は振り返る。
こうして廃止が決定した18年5月に、市と中部電力が相互に協力して地域活性化に努めるという協定を締結する。同8月に地域産業振興の旗振り役として尾鷲商工会議所と、オブザーバーとして三重県と三重大学を加えた「おわせSEAモデル協議会」を設立し、「おわせSEAモデル構想」のプロジェクトが始動した。
排熱を利用した陸上養殖で新たな産業を創出
同プロジェクトのコンセプトは、「新たなエネルギー」と「豊かな自然の力」で、産業、観光、市民サービスを融合した拠点として、人々が集い活気あふれる「ふるさと尾鷲」を目指すというものだ。そして「S」「E」「A」にはそれぞれ意味と役割がある。
「S」はサービスのことで、市が主体となり、市民サービスや集客交流人口の向上を目指すプロジェクトだ。具体的には、野球場や多目的スポーツ芝生広場、キッズパーク、災害時の避難場所にもなる築山など、スポーツ振興ゾーンの整備に向けて計画を進めている。また、地域の特産品の尾鷲ヒノキを活用したサウナの製作も進行中だ。
「E」はエネルギーで、中部電力が主体となって新たなエネルギー施設を整備する取り組みを指す。市の面積の約9割を占める山林から得られる間伐材を活用して、木質バイオマス発電の事業化を検討している。さらに、太陽光発電施設も併設し、エネルギーの地域内循環を目指している。
そして同所が主体となって進めているのが、「A」のアクア・アグリカルチャーだ。
「尾鷲は漁業が盛んなので、当初からバイオマス発電の排熱を利用した陸上養殖を検討していました。中部電力のグループ企業、三重大学、県の水産研究所と連携して、エビの養殖実験を進めています。今国内に流通しているほとんどは外国産冷凍エビですが、排熱利用で通年養殖に必要な水温コントロールができれば、コストを抑えながら、国産の安心・安全な活エビの安定出荷が可能になります」
同所はエビのほかにも、海ぶどうをはじめとする海藻類の陸上養殖にも乗り出している。
さらにSEAモデルとは別に、発電所が使っていた倉庫をDIYで改装した「おわせマルシェ」も営業している。同所青年部の有志が中心となり、地域の新たな憩いの場所を目指して、手づくり雑貨や加工品などの物販、カフェなどを併設した商業施設だ。SEAモデルが具体的に動き出した際には連携した活動を検討しているという。
地域の経済振興と人々の幸福感はつながっている
現段階では、発電所の基礎部分の撤去工事が完了していないため、目に見える形にはなっていない。しかし、ガス化発電方式の木質バイオマス発電所事業の計画は、23年度の運転開始に向け着実に進んでいる。また、野球場や芝生広場、築山などの工事も早々に始まる予定だという。同所も陸上養殖の事業化に向けて、参画企業の誘致を進めている。昨年からコロナ禍の影響で思うように営業活動を展開できない時期が続いたが、海ぶどうのマーケティング調査では一定の高評価を得ている。また、すじ青のりの陸上養殖においても大学との実証実験が進んでおり、事業化に向けて取り組みを加速している。
「少子高齢化が進み、経済的にも社会的にも閉塞感が漂う中、SEAモデルは黒雲から差す一筋の希望の光として捉える人が多いと感じます。私たちの役割は、SEAモデルを通じて新たな産業と雇用の創出を図って、持続可能なまちづくりを進めていくこと。それが地域の人の幸福感につながると考えています」
その実現のために、伊藤会頭は今後積極的に若者の発想を取り入れて、次の世代につないでいきたいと語った。
会社データ
尾鷲商工会議所
所在地:三重県尾鷲市朝日町14-45
電話:0597-22-2611
※月刊石垣2022年1月号に掲載された記事です。
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