ソ連という国があった。マルクス=レーニン主義の国是をまとってはいたが、事実上ロシア主導の帝国主義国家である。レーニンの後継者スターリン政権下で参戦した第2次世界大戦を、ロシアでは大祖国戦争と呼ぶ。地獄の戦場と言われた独ソ戦も、ロシアにとっては国土防衛の最前線だった。
▼国土を画定するのが国境である。通常の国境は線である。だが外敵の侵入に敏感なソ連(ロシア)にとって、国境は面でなければならない。自由を求めたチェコスロバキアをワルシャワ条約機構(WATO)軍が鎮圧したのは1968年だった。この軍事同盟は、西側の北大西洋条約機構(NATO)に対抗して、西側と国境を接したくないソ連がつくった緩衝国家群で構成された。
▼ソ連がモンゴル人民共和国(当時)を連邦に組み込まなかったのは、中国との間の緩衝国家にするためである。いまロシアがシリアに肩入れするのは、イランとトルコが中東におけるロシアの覇権を脅かしているからである。冷戦終結後、かつて緩衝国家だった東欧諸国は相次いでEUに加盟し、NATOも大きく東側に拡大した。
▼帝政ロシアが朝鮮半島をめぐって日本とぶつかり、ソ連時代にアフガニスタンに侵攻したのは、凍らない海を求めたためだった。ロシアの海洋志向が後退して日本が安堵したのも束の間、今度は海洋国家を目指す中国との対峙が避けられなくなっている。
▼ロシアにとって最後の緩衝国家がウクライナである。同国のクリミアに侵攻以来、ロシアへの経済制裁が続く。それでもロシアがウクライナを譲れないのは、線となった国境のウクライナ側に、モスクワまで至近の地点にNATOのミサイル基地が建設される恐怖のゆえである。 (コラムニスト・宇津井輝史)
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