カンボジアで世界初のデジタル通貨が法定通貨として導入され、北京冬季五輪はデジタル人民元のお披露目の場となった。さらに日本をはじめ欧米も円、ユーロ、ドルのデジタル化を検討している。デジタル通貨とは何か、デジタル通貨が発行されると、企業や個人はどのようなメリット・デメリットを受けるのか。カンボジア中央銀行と共同でデジタル通貨を開発したソラミツ社長の宮沢和正さんに、“正体”が理解しにくいデジタル通貨の全てを聞いた。
宮沢 和正(みやざわ・かずまさ)
ソラミツ代表取締役社長
デジタルマネーは大きく三つに分けられる
デジタルマネー(デジタルのお金)の定義が決まっているわけではありませんが、一般的にはSuicaのような電子マネーや○○PayのようなQR決済、ビットコインのような暗号資産(仮想通貨※1)、そして中央銀行が発行するデジタル通貨(CBDC:Central Bank Digital Currency)などがデジタルマネーと呼ばれています。
※1:仮想通貨という名称は、2020年5月1日から国際標準の暗号資産に統一された。
Q.電子マネーの特徴は?
電子マネーは銀行ありきのシステム
Suicaのような電子マネー、QRコードで支払う○○ペイなどは、あらかじめ金額をチャージ※2して使います。1万円チャージしたとすると、1万円の現金は決済事業者(電子マネーなどの発行者)の銀行口座に入ります。チャージした電子マネーなどでものを買うと、店へは「いくら支払いました」という情報が渡ります。店はたくさんのお客さまから受け取った「いくら支払いました」という情報をまとめて決済事業者へ通信すると、「いくら(金額)」に見合ったお金が、決済事業者の口座から店の口座へ振り込まれます。つまり、電子マネーや○○ペイなどは法定通貨に基づいたキャッシュレス決済であり、銀行ありきの仕組みなのです。
※2:クレジットカードなどにひも付けた後払い方式のものもあるが仕組みは同じ。
Q.暗号資産の特徴は?
暗号資産に銀行は不要だが価値の変動リスクがある
ビットコインのような暗号資産は、電子マネーとは違い法定通貨に基づいておらず、銀行が不要です。ビットコインが持つ価値を、銀行を介さずに相手に送ることができるという意味では、かつて仮想通貨と呼ばれていたように通貨と同じような性質を持っています。
次に説明するCBDCとの大きな違いは、価値が大きく変動するリスクがあるところです。
Q.CBDCの特徴は?
CBDCは現金払いと同じく払った瞬間に決済が完了
CBDCは、通貨そのものをデジタル化したものです。日本銀行が発行したデジタル円は、1円が1デジタル円であり、その価値が変わることはありません。
店でものを買って、代金分のお金を店に渡すと、自分の手元からはお金がなくなり、支払いが完了します。CBDCもこれと同じ性質を持っていて、デジタル情報を利用者が店に渡すと、それだけで支払いが完了します。これをファイナリティー(決済完了性)といい、電子マネーのように、その後で銀行口座間のお金の移動が起こるわけではありません。
CBDCを世界で初めて本格導入したのがカンボジアで、2020年10月から「バコン」※3の本格運用が始まりました。
※3:バコンはスマホのアプリを使い、電話番号またはQRコードで店舗への支払いや個人間の送金ができる決済システムのこと。決済通貨はカンボジア通貨のリエル、国内で多く使われる米ドルのいずれでもよく、送金手数料は無料。ソラミツのブロックチェーン技術を使っている。
デジタル通貨の安全性は確保されているのか
分散型台帳技術とも呼ばれるブロックチェーンを使うことで改ざんを防止しています。ブロックチェーンはビットコインなどに使われていますが、改ざんされたことも、システムが止まったこともなく、デジタル通貨に向いているといわれています。
デジタル通貨はブロックチェーンを使わなければ実現できないということありません。とはいえ、銀行が膨大な時間とお金をかけたシステムでも度々トラブルが起こっているので、ブロックチェーンを使った方が確実でしょう。
ただ、ブロックチェーンもオールマイティーというわけではなく、まだまだ開発途上であり、処理能力も1秒間に数千件が最高レベルです。カンボジアの人口は約1700万人なので、国民が一斉に「バコン」を使っても問題はないのですが、日本はその10倍、中国は100倍の人口なので、現状のブロックチェーンでは耐えることができません。複数のブロックチェーンを組み合わせる必要があるでしょう。また、従来のシステムは処理スピードが速いので、速度を優先させるなら従来型の仕組みでいいという議論もあります。
Q.日本でもデジタル円は始まるのか?
現時点で「発行する計画はない」というが……
日本銀行としては、現時点でCBDCを発行する計画はない※4と説明していますが、実証実験は21年4月から始めています。
デジタル技術は日進月歩なので、フレキシビリティー(柔軟性)が必要なのですが、それは日銀が必要とする安定性や信用力の確保とは相反します。だからといって、フレキシビリティーのないカチッとしたものをつくると、技術の進歩に合わせて柔軟に変更することができなくなる。
そこで決済システムを2層構造にして、一層目の土台となるCBDCを日銀が設計・供給し、2層目の付加機能を銀行などの仲介機関と民間事業者が手掛けることで、イノベーションや新しい技術に柔軟に対応できるようにする。例えばデジタル通貨になると、請求書を受け取ったら自動的に支払いをするという仕組みをつくることができますが、そうした仕組みは日銀がつくるものではなくて、民間事業者がつくるものなので、2層構造がいいのではないでしょうか。
※4:日銀の黒田東彦総裁は1月の衆院予算委員会で、個人的な見解と断ってCBDCの発行の能否(できるかできないか)を「26年までに判断する」と述べた。
デジタル円になると何が変わるのか
現金をSuicaにチャージするとSuicaとして使うことはできますが、SuicaからPayPayへ送金してPayPayとして使いたいと思ってもできません。現在は異なる事業者間での電子マネーの送金ができない(相互運用性がない)からです。日銀としては、民間の2層部分でやりとりするお金はSuicaでもPayPayでもよく、デジタル円が両者の橋渡しをすると考えています。SuicaとPayPayが相互に送金できるようになれば、私たちの生活はすごく便利になります。
Q.デジタル円になると国際送金はどうなる?
送金時間は速く手数料は安くなる
例えば日本のA銀行が米国のX銀行に国際送金をする時は、コルレス銀行という決済を代行する銀行を間に挟みます。コルレス銀行は、ドルの在庫をたくさん持っていて、日本円の送金を依頼されたら、日本円を買って在庫のドルを出す。そのため金庫の中に現金の在庫をたくさん持たなければなりません。
デジタル通貨であれば、現金の在庫が不要になるのでコストが下がり、送金手数料が安くなり、しかも1週間程度かかっている送金時間を大幅に短縮することができます。バコンを例に取れば、カンボジアとマレーシア間はリアルタイムで送金ができて、送金手数料も引き下げられました。
Q.加盟店手数料は引き下げられる?
カンボジアの加盟店手数料はゼロになった
お客さまが電子マネーやクレジットカードなどで支払い(キャッシュレス決済)をすると、店は決済事業者に3%程度の加盟店手数料(決済のための手数料。事業者や業界により異なる)を支払わなければなりません。小売りや飲食店の経常利益率1・5%程度といわれているので完全に逆ざやです。ちなみに中国の決済サービスWeChat Pay(ウィーチャットペイ)は0・6%程度、欧米のクレジットカードは1%台です。日本で暮らしているとあまり感じませんが、海外に比べると日本の手数料は突出して高い。その理由は、日本の金融システムが過大な投資をしてきたためで、そのコストをお客さまや店が負担しているのです。
バコンを導入したカンボジアの場合は、全ての手数料がゼロになりました。中央銀行が発行しているため、現金と同じ扱いなのです。
なお、野村総合研究所の試算では、現金決済インフラの維持には年間約1兆6000億円のコストが掛かっていているそうです。デジタル円に変わることで、このコストも削減することができます。
国内のデジタル通貨を巡る動きは始まっている
自治体は、さまざまな地域経済活性化策を導入しています。分かりやすい例はプレミアム付き商品券です。でも紙の商品券は発行や集計などに大変な手間とコストがかかるので、デジタル通貨でやろうという動きが活発化しています。
一つの例を挙げると、福島県会津若松市のデジタル地域通貨「Byacco/白虎」は、バコンで実績のあるブロックチェーンを活用し、データ自体が現金と同等の価値を持ちファイナリティーがあり、日本円と連動する日本初のデジタル通貨で、会津大学の食堂などで使われています。「Byacco/白虎」は、現金と同じように「転々流通」(不特定の者への譲渡が繰り返される性質)が可能なため、個人間や企業間での直接送金・決済、企業内での経費精算などに活用することができます。例えば、加盟店は受け取った「Byacco/白虎」を即座に仕入れなどの次の支払いに充てることもできます。
Q.デジタル通貨は企業に影響を与える?
経理業務や企業間決済に革命が起こる
デジタル地域通貨の次に来るのが、厚生労働省が検討しているデジタル給与払いの解禁でしょう。給与の一部を銀行口座ではなく、電子マネーなどのデジタルマネーに直接チャージして、すぐに使えるようにする仕組みです。さらにデジタル通貨による支払いが進めば、経費の精算もリアルタイムでできるようになり、もっと進むと、給与の日払いが可能になります。給与が月給制なのは、銀行の振込手数料が高いため。デジタル通貨なら手数料がゼロに近いので、日払いになり、私たちの生活も変わるでしょう。デジタル給与、デジタル経費精算により、企業のDX化が進んでいきます。
そして3番目は、企業間の決済の改革です。現在は、企業が取引先から請求書を受け取ると、1カ月分をまとめて、銀行に送金依頼をして、取引先の口座へ振り込む。その取引先は、振込金額を仕分けしたり、消し込み(口座の入金明細と帳簿上の売掛金とを突き合わせる作業)をしたりします。経理部門が労力を使う作業ですが、デジタル請求書とデジタル通貨による支払いを連動させて、請求書内容をチェックして問題がないことを確認すれば、自動的に支払いが行われるので、月末にまとめて支払う必要がなくなります。デジタル通貨は自治体を変え、企業の給与を変え、企業間の決済を変えていくのです。
大手製造企業や大手流通企業は、何万社という協力企業と取引をしています。協力企業への支払いのために、何兆円というお金が寝かされていて、支払う際の振込手数料も膨大。デジタル通貨に置き換えると、寝ているお金を運用に回して運用収益を得られるし、振込手数料も削減でき、経理業務も軽くなる。商流と金流の一体化が実現できるのです。さらに検収を自動化すれば、物流も一体化して、世の中は大きく変わります。
中小企業にはどのような影響があるのか
大手企業のサプライチェーンに組み込まれている中小企業(協力企業)の透明化が進みます。売り上げがどのくらいあるのか、在庫がどのくらいあるのか、そういったことが見える化されることで、大手企業は、協力企業の健全性をつかみやすくなります。大手企業としては、協力企業に予期せぬ事態が起こり、サプライチェーンが寸断されることを避けたいので、そうなる前に維持するための手を打つでしょう。また、金融機関も予期せぬ事態が起こる前にタイムリーに融資ができるようになる。
もちろん、それは困るという中小企業の経営者もいるでしょうが、透明化はいや応なく進みます。
Q.海外のデジタル通貨を日本で受け取れる?
日本側の銀行の協力と制度調整が必要になる
例えば、日本の中小企業が取引先のカンボジア企業から、バコンを通じてカンボジア中央銀行が発行したデジタルドルで払いたいと要望されたらどうなるのか。日本の銀行がデジタルドルを受け取って円に交換するというサービスを用意しないと、円で受け取ることができません。技術的にはできるのですが、為替管理法などの法律上の壁や省庁で調整すべき点などがあり、実現は先になりそうです。
中国はデジタル人民元の本格導入を急いでいますが、いずれ中国企業が現金ではなく、デジタル人民元で払いたいと言い出す可能性はあります。デジタル人民元は中国政府が管理権を持っているので、誰が、いつ、何を買うために使ったという情報が収集されるかもしれませんし、何かが起きた時、現金化を止めるというようなカントリーリスクがあることも考慮しておくべきでしょう。
Q.デジタル通貨のリスクは?
匿名性がないので保有や使用実態が把握されそう
デジタル通貨の利用には、銀行口座開設時と同じような本人確認が要求されるので、現金ほどの匿名性がありません。“タンス預金”は難しくなるでしょう。ただ、現金が全てデジタル通貨に置き換わることはないと思います。例えば災害時、通信ができなくなるとデジタル通貨が使えなくなるため、ある程度の現金の備えは必要です。
まとめとして
デジタル通貨によって、一番今大きな変革が起こりそうなのは、これまでほぼ手つかずだった企業間決済です。いろいろな企業が商流・金流・物流のデジタル化の検討を始めているので、その流れに乗り遅れないことが重要。その一つが海外取引です。東南アジアと取引している中小企業は、早晩デジタル通貨が入ってくる可能性があるので、ライバル企業に先んじて対応することを考える必要があります。デジタル通貨は、企業のDX化の大きなテーマです。
最新号を紙面で読める!