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あの人を訪ねたい 國村隼

「(最新作では)減っていくローカル鉄道と、バラバラな家族の再構築のシンクロニシティを味わってほしい」

11月30日公開の映画「RAILWAYS」シリーズ最新作、「かぞくいろ―RAILWAYS わたしたちの出発―」で、有村架純さんとW主演を務めている國村隼さん。あるときはコワモテのヤクザだったり、また気のいいおっちゃんだったりと、その演じる役柄は常に幅広い。今度は初の鉄道運転士役で、不器用な中にも家族への愛を秘めた男を演じている。

エンジニアを目指していた青年が一転役者の道へ

俳優人生42年。映画にドラマに引っ張りだこで、出演作品は250を超え、今や顔を見かけないときがないと言っても過言ではない。

國村隼さんが役者の道に入ったのはひょんなきっかけからだった。子どものころから自動車の特にエンジンが好きで、エンジニアになろうと工業高等専門学校に進学した。ところが、いざ入ってみると「自分には向いていない」と思い始め、4年で中退してしまう。「何の当てもなくやめたので、日がな一日することがなくなってしまった。そんなとき、小学校からの友人が劇団生募集の話を持ってきたので、暇つぶしに行ってみたら、たまたま通ってしまって」。そこで1年半ほどレッスンを受けるうちに、徐々に演じる魅力に目覚めていった。

1976年、「にしむくさむらい」で初舞台を踏み、81年に井筒和幸監督の「ガキ帝国」で映画デビューを果たす。大阪を舞台に不良少年たちを描いた作品で、國村さんは不良グループのリーダーを演じた。「僕は舞台からこの世界に入ったので、初めて映画に出演したときは、『なんて大変なんだ』と。たぶん撮影許可を取っていなかったから、おまわりさんが来るとみんなでワ~っと逃げるような現場だったんですが、完成したらすごく面白い作品に仕上がっていたんです」

これを機に、舞台から映像の世界に軸足を移した國村さんは、その後数々の映画やドラマに出演し、着実にキャリアを積んでいく。

「映画の現場での役者の仕事は材料づくり」と教えてくれた

國村さんの転機となったのは、89年公開の「ブラック・レイン」(リドリー・スコット監督)だ。大阪のまちで日米の刑事たちが協力してヤクザと戦う物語を描いたハリウッド映画だが、日本映画との撮影方法の違いに戸惑った。「キャメラが4台あって、1シーンを平均7テイク、合計28テイクも撮るんです。その中から一番いいカットを使うので、『OK』や『NG』は基本的になく、1発OKなどありえないわけです。この経験から、役者の仕事は材料づくりなんだと教えられました」

そしてもう一つ、「自分のイメージを持つことが重要」だと気づく。1シーンで7テイクも撮るのに、すべて同じ演技をしていては意味がない。何をどう捉え、どう表現するのか。役者自身がイメージを持ち、それを複数のバリエーションで演じることができなければ、撮影は終わらないのだ。「それまでは、どこか監督の指示待ちみたいな意識があったんです。でも、この作品と出合って考えが変わりました。物語の中に存在するキャラクターをどこまで感じることができるか、一人台本と向き合い、納得するまでイメージします。この準備さえしっかりとできていれば、現場ではもう僕ではなくなり、役を演じることができるんです」

とはいえ、役によって比較的容易にイメージできるものとそうでないものがある。そんなとき國村さんが大事にしているのが、リアクションだ。「自分がイメージしたものを現場で出すのはもちろん重要ですが、ほかの役者さんから出たものによって、自分の中で何かが呼び起こされることもあります。それに対するリアクションを整理できれば、大抵の役は演じることができますね」

コミュニケーションにとって言葉は一番不自由

こうしてさまざまな役を演じてきた國村さんの最新出演作が、「かぞくいろ―RAILWAYS わたしたちの出発―」だ。同映画は、「RAILWAYS」シリーズの第3作で、鹿児島県阿久根市など美しく彩り豊かな南九州の西海岸を走る『肥薩おれんじ鉄道』を舞台に、愛する人を失った、血のつながらない3人の家族の再出発を描いた作品だ。國村さんは、有村架純さん演じるシングルマザー・晶の義父で、鉄道運転士の仕事一筋に生きてきた節夫を演じている。

「主な登場人物は皆不器用なんです。中でも不器用なのが、僕の演じた節夫です。仕事=人生だった人だから、家族がバラバラになってしまった。そんな節夫は、寡黙であり、感情も表には出さない人というイメージでした」。國村さん自身とつながるところはあるかと尋ねると、「饒舌(じょうぜつ)で周りを飽きさせない人ではないし、そこは節夫に近いんでしょうが、僕はもう少しはコミュニケーションを取ろうとするタイプ」と茶目っ気たっぷりに答える。

では、監督や共演者、スタッフなどとは、演じる上でどのようなコミュニケーションを築いていたのだろうか。「僕は、ときに言葉というのは一番不自由なものだと思っています。だから現場では言葉を使うよりも役者としてはやって見せる方が早いし、僕の考えやイメージが伝わります。それでよければいいし、ちょっと違っていたら『ここはこうしてほしい』と相手が言ってくれる。そんなやりとりをしているうちに、信頼関係はできてくるものなんです」。そして、こう続ける。

「撮影が終われば、共演の役者さんたちに『飲みに行く?』と声を掛けることはありますよ」

実は國村さん、鹿児島は初めてで、鹿児島に行ったら黒じょか(鹿児島特有の酒器)で芋焼酎を飲もうと楽しみにしていた。しかし、今の若い世代はそんな飲み方をしないため、なかなか店が見つからず、少しがっかりしたのだとか。そんな思いが通じたのか、ようやく1軒探し当て、「ほとんどそこに入り浸っていました(笑)」と左党の一面ものぞかせる。

かつてエンジニアを目指しただけあり、運転士として肥薩おれんじ鉄道に乗ったときは胸が高鳴ったそうだ。特別に車庫に停まっている車体のエンジンを見せてもらい、「あまりの大きさに度肝を抜かれた」と目を輝かせる。「肥薩おれんじ鉄道の魅力は、車体デザインがかわいいのもさることながら、ほとんど海岸線を走っているでしょ。車窓の外に広がる東シナ海の景色が何とも美しかった。(劇中で運転士を目指す)晶も早く一人前になってもらいたい、と思わせてくれる景色です。この映画をご覧になった皆さまもぜひ、実際に乗りに行ってみてください」とローカル鉄道の未来に熱いエールを送る。

國村 隼(くにむら・じゅん)

俳優

1955年生まれ。大阪府出身。81年、「ガキ帝国」(井筒和幸監督)で映画に初出演後、数々の映画やドラマに出演。89年にハリウッド映画「ブラック・レイン」(リドリー・スコット監督)に出演、以降は国内外の映画で存在感を放つ。2016年、韓国映画「哭声/コクソン」で第37回青龍映画賞で男優助演賞と人気スター賞の2冠を獲得、外国人俳優初の受賞となり注目を集めた。19年は「アルキメデスの大戦」などが公開予定。

写真・矢口和也/スタイリスト・堀口和貢

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