本誌では昨年5月号より連載企画として10回にわたり、被災地の復興および地域振興へ向けた東北各地の若手経営者の取り組みを追ってきた。2011年3月11日に起きた東日本大震災から11年。今月号では、逆境を乗り越えようと奮闘している宮城・福島両県の若手経営者が描く〝東北ビジョン〟として新たに4社を取り上げる。
自社製品の魅力を地域にPRしながら防災情報による社会貢献も進める
福島県のいわき駅前にある磐城平城跡からほど近いところに店を構える山田屋醸造は、130年近くにわたりこの地でみそとしょうゆをつくり続けてきた老舗である。震災では自宅兼店舗や蔵が壊れ、2019年に東日本一帯を襲った台風19号では浸水被害に遭い、そのたびに建て替えや補修工事をせざるを得なかった。そんな度重なる被災を乗り越え、今は商売の新たな展開に向けて歩み続けている。
震災直後には商品求めて店に人があふれる
「震災の被害も大きかったのですが、19年の台風のときは、震災と風評被害を乗り越える、いうなればフルマラソンを走り終えてゴールに着いたと思ったら、台風の被害でもう1回走らされるようで大変でした」と、山田屋醸造の五代目で、みそ・しょうゆを製造している青木貴司さんは当時を振り返る。
11年の震災では、激しい揺れで店の建物が大きな損害を受けた。店舗兼住宅と貯蔵蔵は建て替え、みそを製造する醸造蔵は補修工事が必要となった。19年の台風19号の際には、近くの川があふれ、建物が1m以上浸水した。
「震災と浸水で1億円を超える損害がありました。被害に遭ったばかりのころはテンションが上がっていて、建て替えや補修の金額はあまり気になりませんでしたが、後から数字を見て、かなりヒヤッとしました。うちは年商3000万円程度の小さな店ですから」
震災直後でも、みそやしょうゆを求めて店に来る地元の人が後を絶たなかった。福島第一原発が水素爆発を起こした際には茨城県の親戚宅に身を寄せたが、3日で自宅に戻った。店にみそやしょうゆを買いに来る近所の人たちのことが気になったからだ。
「店のシャッターを閉めていても、お客さんは来ました。被災時でも人は食べなければなりませんし、こういうときこそ食べ慣れた味が必要なのでしょう。うちの仕事は地元の人たちに必要とされているということを再認識しました」
山田屋醸造では地方発送も行っており、その顧客の多くが、地元からほかの地方に移り住んだ人たちだという。それほどみそやしょうゆは、慣れ親しんだ味から離れられないのかもしれない。
商工会議所のセミナーで学んだことで売り上げ回復
震災後、自宅兼店舗と貯蔵蔵の建て直しをしている間は、プレハブの仮店舗を構え、壁が落ちた醸造蔵には板を張って、製造と販売を続けた。震災前に比べれば落ちたものの、それでも通常の6割ほどの売り上げがあった。ところが6月に入ると、地方発送の依頼が急激に少なくなっていた。
「これが風評被害なのかと。取引先の飲食店に製品の放射能測定値の証明書を出すようになったので、同様に地方発送の常連のお客さまに証明書を郵送しました。でも、それだけでは味気ないし、“うちの製品には”問題がないと言っているようで、よくないと思ったんです」
そこで青木さんは、みそ・しょうゆに関することや地元の話題を書いた『山田屋通信』を作成し、地方発送の商品に同封するようにした。それでも、震災から5年がたった16年ごろから消費が伸び悩むようになり、何か別の要因があるのではないかと考えた。
「うちの商品を長い間買ってくださっていた人たちが高齢化して、お客さまの自然減が多かった。そこで、新たなお客さまを開拓するために、うちの一番の売れ筋のだししょうゆ『うまくち』を使った料理のレシピの紙を店でお渡ししたり、贈答品として地方発送する際に同封したりするようにしました。このレシピは、母と妻がつくっておいしかった料理ばかりです」
そのころから青木さんは地元の商工会議所のセミナーを受講するようになり、復興庁やいわき市の支援事業にも参加するようになった。
「これらはとても勉強になり、商売に役立つノウハウを得ることができました。そのおかげで、落ち始めていた売り上げが底を打ち、上がり始めていきました」
クラウドファンディングで目標額の2倍以上を達成
そのようにして2度目のフルマラソンをなんとか走っていたところに、今度はコロナ禍が襲った。影響は軽微で済んだが、先が見通せない状況に変わりはなかった。
「そんなときに『企業・ひと・技 応援ファンド』という、いわき市と商工会議所、いわき産学官ネットワーク協会、いわき信用組合が連携して取り組むクラウドファンディングのプロジェクトに参加させてもらうことになりました。ここでは、以前から温めていた考えを形にすることにしました」
それは非常用のみそで、常温で3年保存でき、災害に見舞われた際、お湯で溶かせばおいしいみそ汁になる「防災お味噌(みそ)」である。
「この10年間で大きな災害を2回経験して知ったのが、温かいみそ汁が疲れた心と体をどれほど癒やしてくれるかということでした。クラウドファンディングでは、その製品開発のための資金提供をお願いしました」
そうして20年8月に始めたクラウドファンディングは、2カ月で目標額50万円の2倍以上となる約114万円を集めた。製品は完成し、すでに一般販売も行っている。そして、これからの展望について、青木さんはこう語る。
「これまでは製品をつくることで精一杯でしたが、今後はうちの製品の魅力を地域の人たちにPRしていきます。また、自分の被災経験から、災害に備えるための情報も紙と映像で発信していきたい。それを伝えていかないと、自分が被災したことが単なる哀れな話で終わってしまいますから」
さらに、山田屋醸造ではノベルティ商品の売り込みや、店舗コンサルタントを一般公募するなど、積極的に新たな展開を進めている。わずか10年の間に3度も起こった天災にも負けず、山田屋醸造は前を向いている。
会社データ
社名:山田屋醸造(やまだやじょうぞう)
所在地:福島県いわき市平字久保町24
電話:0246-22-3637
代表者:青木武彦 代表
従業員:4人
【いわき商工会議所】
※月刊石垣2022年3月号に掲載された記事です。
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