長引くコロナ禍はいまだ収束が見通せず、景気回復まではまだまだ厳しい状況は続くという予想も出ている。しかし、苦境の時ほど経営者のモチベーションが重要になってくることも事実だ。そこで、厳しい状況下にも負けない強さとしなやかさを備える経営で従業員を守り、業績を上げ続ける女性経営者が持っている〝こだわり〟に迫った。
日ごろからの交流で現場との信頼関係を築いてグローバル展開を推進
工業ミシンの心臓部といわれる〝かま〟を、開発から製造・販売まで手掛ける広瀬製作所。国内のみならず、アジア、米国、ヨーロッパなど、世界80カ国以上と取り引きし、多様なニーズに応える製品づくりを行ってきた。グローバルな展開を推進する中で、女性の視点やコミュニケーション力が存分に生かされている。
社長就任前から社内外の人間関係を重視
ミシンは、針を突き刺して布の下側に糸(上糸)のループをつくり、そのループに別の糸(下糸)を通して縫い合わせていく。きれいな縫い目をつくる上で要となるのが、下糸を巻くボビンを収納する“かま”と呼ばれる部品だ。単体で見ると非常に複雑な構造をしており、ミシンの種類によっても形状は異なる。そんなかまを開発から製造・販売まで一貫して行っているのが広瀬製作所だ。同社の1000種類以上にも及ぶ製品ラインナップは「ヒロセフック」と呼ばれ、今や世界のアパレル産業にとって不可欠なものとなっている。
1900年に創業した同社の四代目で、社長を務めているのが廣瀬恭子さんだ。先代である夫の遺志を受けて2001年に就任した。
「私が社長を継いだころは、工業ミシン業界の景気が良くないときでした。ですから社内の人も社外の人も、内心は私で大丈夫なのかと心配だったと思います。でも、夫が〝人〟を大切にする人だったので、周囲からずいぶん助けてもらいました」と当時を振り返る。
それまで廣瀬さんは直接経営には携わっていなかったが、国内外の展示会や海外視察などには同行し、取引先や顧客と会う機会は多かった。そこでまずは自分から動き、社内外の人間関係を築くことに力を入れた。
週3のテレビ会議でコミュニケーションを密に
廣瀬さんが考える社長の役割は、大きな方針を決めて従業員にそれを示し、働きやすい環境をつくっていくことだという。そのためできる限り現場に足を運んでコミュニケーションを取り、信頼関係の構築に努めてきた。しかし、高知県をはじめ、中国・上海やベトナム・ホーチミンにあるグループ会社には、頻繫に行けるわけではない。特に、海外に駐在する従業員に本社のことがうまく伝わっていないと感じることがあり、12年ほど前から週3回のテレビ会議を導入した。
「直接会えなくても、顔が見える形でコミュニケーションが取れる体制をつくってきました。情報の共有化はグループ全体が一つの方向に向かっていくために欠かせませんし、顔を見ながら話をすると心が通いやすいと感じています」
もちろん毎週のように重要な議題があるわけではなく、雑談が多めになることもあるし、1回5分で終了することもある。しかし、海外の会社は女性比率が高く、特に上海の会社はスタッフ全員が女性。そのため、会話が弾み、情報交換や共有がスムーズにいく場合もある。そうした経緯から、テレビ会議は長さよりも頻度が重要だと廣瀬さんは考えている。
この習慣は今回のコロナ禍でも大いに寄与した。特に昨年の夏、ベトナムで感染が拡大してホーチミン市がほぼロックダウンとなり、工業団地の稼働が大幅に制限された際、従業員が工場内に寝泊まりせざるを得ない状況に陥ったが、現地の状況把握から安否確認がオンタイムでできたため、生産を維持することができた。
「感染リスクがある中で、とにかく従業員の体が心配でした。本来なら休んでほしいところですが、ラインが止まって部品が供給できない状況にするわけにはいきません。どんなに技術が進歩しても、こうした無理をお願いしなければならないようなとき、日ごろからの交流がつくづく大事だと感じました」
時代の要請に応じて変化を楽しみたい
廣瀬さんは長らく大阪商工会議所の議員を務めた後、20年に同所初の女性副会頭に就任した。また、同所女性会会長も務めているが、そこに入会している女性経営者たちの姿勢から多くのことを学んだという。
「大阪の女性会には30代から90代まで200人以上参加されていますが、とにかく皆さんパワフルで前向きです。大阪という土地柄もありますが、女性を受け入れようという素地があり、先輩たちが切り開いてきた道を歩ませてもらっている実感があります」
女性経営者の強みとは何かと尋ねたところ、「変えられないことは冷静に受け止め、変えるべきことは変える思い切りの良さ」という答えが返ってきた。今までの慣習を変えたり、新しいことを始めたりするにはリスクがあり、コストもかかる。しかし、今回の新型コロナウイルス感染症のように予期せぬことは起こり、変えなければならない状況になることはあり得る。同社にも市場ニーズの変化に対応するために、解決しなければならない課題があるという。それには変える勇気を持つこと。もしうまくいかなかったら、その時また考えればいいと廣瀬さんは言う。
「時代に応じて求められるものも変わります。そんな変化を楽しめる人間でありたいし、何ごとも明るくポジティブに捉えれば前に進みやすくなります。もちろん現実は直視しつつも、楽観主義でやっていきたい」
そう語る廣瀬さんの柔和な表情の奥に確固たる姿勢が垣間見えた。
会社データ
社名:株式会社広瀬製作所(ひろせせいさくしょ)
所在地:大阪府大阪市北区天満4-4-1
電話:06-6353-5539
HP:https://www.hirosemfg.co.jp/
代表者:廣瀬恭子 代表取締役社長
従業員:500人(連結)
【大阪商工会議所】
※月刊石垣2022年4月号に掲載された記事です。
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