静岡県掛川市
航海に正確な地図と羅針盤が必要なように、地域づくりに客観的なデータが欠かせない。今回は、古くは塩の道のルートとして知られ、江戸時代に東海道の主要宿場町として栄えた「掛川市」について、まちの羅針盤(地域づくりの方向性)を検討したい。
所得は豊かな工業地帯
掛川市は、製造業が経済を支えている地域である。茶の生産でも有名であるが、東海道新幹線掛川駅の開業など交通インフラに加え、工業団地の誘致・造成などもあり、「情報・通信機器」や「輸送用機械」を中心に、第2次産業が、生産額の7割、付加価値額(地域GDP)の6割を占め、純移輸出入収支額も3千億円超の黒字(所得流入)を計上している。6千億円を超える地域GDPの5割を、第2次産業の移輸出で生み出している状況だ(数字は2015年の値で、以下も同様)。
強みとなる産業があることから、労働生産性は1千万円を超え、地域住民1人当たり所得は488万円と高く、経済的には非常に恵まれた地域である。
一方、掛川市の地域経済循環からは、製造業の強さが地域の魅力に直結しているとは言い難いことが分かる。分配段階で雇用者所得が流出している(域外から働きに来ている)が、住む場所ではなく、働く場所として捉えられているからであろう。また、昼間の滞在人口が国勢調査人口を上回るなど多くの来訪者があるものの、支出段階で民間消費が773億円も流出している。基礎的な商業基盤は整っているが、来訪者のみならず、地域住民にとっても、付加的な消費機会に恵まれていないのではないか。
強い第2次産業に支えられ、域際収支(地域の国際収支)そのものは黒字であるが、第1次産業は90億円、第3次産業に至っては2千億円を超える赤字(移輸入超過=所得流出)である。今後、掛川市においても人口減少が避けられない中、将来にわたって地域経済を維持するためには、第2次産業が地域に存続し続けること、第3次産業の域際収支を改善することが、重要である。
地域脱炭素を契機に
この2点を実現するために必要なことは、実は、脱炭素の取り組みである。
2020年10月の菅総理(当時)による2050年カーボンニュートラル宣言以降、わが国においても脱炭素の流れは加速している。世界的には、アップル社など多くのグローバル企業が、自社活動のみならず、サプライチェーン全体でのカーボンニュートラルを求めており、企業経済活動において避けられない流れとなっている。このため、製造業が掛川市に立地し続けることができるよう、地域を挙げて脱炭素に取り組む必要がある。また、わが国の二酸化炭素排出量の2割を運輸部門が占めており、地域でできることは地域で担おうとする姿勢(による物流量の削減)が強く求められる結果、掛川市ならではの商品・サービスの開発が迫られることにもなろう。
幸い、掛川市では、第2期地域創生総合戦略で「かけがわ地域循環共生圏の実現」を、第2次総合基本計画基本構想【ポストコロナ編】では「脱炭素社会等の実現による地域循環共生圏の構築」を掲げている。現在の中心は、太陽光や風力、水力など(の地域資源)の活用による再生可能エネルギーの創出だが、環境省が掲げる地域経済循環共生圏の本質は、「地域課題を的確に捉え、対応する地域資源を発見・活用し、地域に新たな価値を創造して地域経済循環を向上させる」ことであり、持続可能でウェルビーイングな地域づくりだ(ウェルビーイングとは、心身のみならず社会的にも良好な状態のこと)。カーボンニュートラルの観点を企業活動や施策に取り入れることで、活用される地域資源が広がり、地域経済循環が整えられていくことで、ますます豊かな地域となろう。
脱炭素を契機に、地域に経済と環境の好循環を生み出し、所得だけではないウェルビーイングを目指すこと、これが掛川市のまちの羅針盤である。
(株式会社日本経済研究所地域・産業本部上席研究主幹・鵜殿裕)
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