世界全体で汎用型から最先端まで半導体の不足が深刻だ。その要因として、まず世界全体で半導体の需要が急増していることがある。これまで半導体が使われなかった製品にセンサーやメモリー、ICチップなどが数多く使われるようになった。今後も家庭や生産施設ではIoT技術の実装が急速に進む。自動車の電動化や自動運転技術の利用、通販や金融などのオンラインサービス利用、ビッグデータの収集と分析、利用のためのデータセンター建設、クラウド・コンピューティング・サービスの利用、テレワーク、5G通信の普及に伴う基地局増設なども半導体需要を押し上げる。脱炭素に利用される蓄電池需要などでは、パワー半導体需要を急拡大させる。自社専用に特別に設計した半導体だけではなく、汎用型の半導体を用いて完成品の生産を目指す企業も急増している。産業のコメとしての半導体の重要性は一段と高まっている。
そうした半導体の需要拡大に対して、供給サイドの生産ペースが追い付いていないのが実情だ。有力半導体メーカーは積極的に生産能力の増強に努めているものの、実際に生産能力の向上が実現するまでには時間を要する。そのタイムラグが世界的に発生している。それに加えて、コロナ禍やウクライナ危機などの特殊要因が追い打ちをかけている。コロナ禍によって、世界的な供給網などにボトルネックが深刻化した。また、2021年の夏場には、デルタ株による感染再拡大で車載用の半導体工場が集積したマレーシアで、STマイクロとインフィニオンなどが生産停止に追い込まれた。中国でのゼロコロナ政策は、シリコンウエハーの原材料である珪石(けいせき)などの生産や輸送を大きく停滞させた。
もう一つ重要な阻害要因は脱グローバル化だ。1990年代初頭以降、世界の半導体産業は国際分業体制(設計・開発と生産の分離)を強化して高成長を実現した。しかし2018年に米トランプ政権が、先端分野での中国の競争力向上を阻止するために対中制裁関税などを実施した。それを境に、世界の半導体サプライチェーンは大きく混乱した。主要先進国の企業は米国の対中制裁違反を恐れ、台湾や韓国のファウンドリに委託を増やし生産ラインがひっ迫した。さらに、ウクライナ危機によって脱グローバル化は激化した。原油や天然ガスなどエネルギー資源の価格が高騰し、世界的に電力や基礎資材の価格が急速に上昇している。脱グローバル化によって世界に毛細血管のように張り巡らされた半導体サプライチェーンの寸断は一段と深刻だ。
現時点で、世界の半導体不足がすぐに解消される展開は想定しにくい。足元で、メモリ半導体のDRAMの価格が下落し始めているが、それ以上にパワー半導体やマイコン、次世代半導体の需要が急増している。世界のネット業界は、ブロックチェーンを用いて個々人が自分のデータを管理する〝ウェブ3・0〟に向かっている。それには、チップの演算能力や消費電力性能の向上はビジネスチャンス獲得に不可欠だ。そうした状況を反映して、世界の半導体供給の構図が変わり始めた。
台湾海峡の緊迫感が高まる中、台湾の有力半導体メーカーは台湾だけを拠点に事業運営体制を強化し続けることは難しくなりつつある。インテルやASMLなど半導体関連産業のトップは、半導体不足は24年前半ごろまで続くと予想している。世界の企業が必要とする半導体を手に入れるために、争奪戦は熾烈(しれつ)化する。半導体不足の解消には時間がかかる。そうした展開が予想される中、わが国の主力産業である自動車の生産は停滞基調で推移する可能性が高い。
コロナ禍と脱グローバル化による半導体不足を克服するために、わが国企業はサプライチェーンの再編を迅速に進めつつ、新しい需要を創出して半導体メーカーとの交渉力を強化することが求められる。わが国経済の再建のため、また経済安全保障の観点からもわが国全体が半導体産業の将来像を明確に描く必要がある。 (6月15日執筆)
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