兵庫県姫路市
航海に正確な地図と羅針盤が必要なように、地域づくりに客観的なデータは欠かせない。今回は、世界文化遺産「姫路城」などで高い知名度を誇り、本年8月に100周年を迎えた姫路商工会議所がある播磨地方の中心都市「姫路市」(人口53万人)について、まちの羅針盤(地域づくりの方向性)を検討したい。
ものづくりのまち
1992年に国内第1号の世界文化遺産として登録された「姫路城」は、それまでおおむね80万人台の年間入場者数が、登録を機に100万人を超えた。平成の大修理を終えた2015年度には286万人に達し、コロナ禍の21年度でも40万人を超える、まさに地域のランドマークだ。名城であるだけでなく、昭和の大修理、公園整備、計画的な保存修理など、継続的な投資の成果である。
姫路市の地域経済を支えるものづくりも、戦前からの「鉄鋼業」に加え、「はん用・生産用・業務用機械」や「化学」などの企業誘致・産業育成を続けてきたたまものだ。また、豊かな播磨灘や恵まれた自然に頼るだけではなく、「ひめじ地産地消の日」設定などに取り組むことで、多彩な農林水産品を生み出している(この規模の都市には珍しく「水産業」が移輸出産業である)。
こうした積み重ねによって彩られた多層的な魅力は、姫路市の地域経済循環(2018年)にも表れている。ヒトが集まることで、分配段階では雇用者所得の流出(就業者が集まる)、支出段階では民間消費の流入(観光客が集まる)が生じている。また、モノ(工場や事業所など)が集まることで、分配段階では域外本社への利益移転(所得流出)、支出段階では民間投資の流入が生じている。これらの結果、地域の貿易収支などである域際収支は黒字(所得流入)となっており、カネも集まってきている。
一見、地方創生のモデルともいえる地域経済循環だが、多くの地方大都市と同様の課題も有している。
経済と環境の好循環を
域外に市場がある製造業で所得を稼ぐ一方、地域に市場があるサービス業では所得が流出する経済循環構造は、地方大都市でよく見られる。この構造の問題は、所得が地域に残りにくいことに加え、ノウハウやナレッジが地域に残らず、一部の(多くは高付加価値な)仕事を地域で担うことができなくなることだ。
姫路市においても、第3次産業(「電気業」を除く)は2千億円を超える大幅な移輸入超過(所得流出)である。代表的なクリエイティブ産業の「専門・科学技術、業務支援サービス業」は地域に2千億円超の市場がありながら移輸入超過(所得流出)、生活基盤産業である「保健衛生・社会事業」(医療・介護等)や「小売業」も同様だ。
また、「宿泊・飲食サービス業」も移輸入超過であり、「姫路城」というトップクラスの観光資源を持つ優位性が充分には生かされておらず、もったいないの一言に尽きる。
カーボンニュートラルなどの大きな変化が待ち受ける中、持続可能な地域となるためには経済循環の再構築が不可欠だが、そのための即効薬はない。ただ、姫路市には、これまでの積み重ねによって彩られた多層的な魅力がある。「姫路城」の高い知名度に隠れがちなこれらの魅力を、消費や購入など具体的な行動に移させる(マネタイズできる)までに際立たせる、ある種のブランドにまで育てるといった地道な活動が、その第一歩となろう。
姫路駅前の空間(という資源)を、車道中心から大規模な歩行者空間とし、多様な人材が集う空間へと際立たせた事例は、地価上昇や商業床増加につながり、歩きたくなるまちづくりによって地域脱炭素にも貢献している。姫路市のDNAともいえる、こうした経済と環境の好循環を生み出す取り組みを、少しずつでも増やしていくことが、持続可能な成長のために重要である。
まずは、地域の多様な資源を、それぞれが熱狂的なファンを持つまでのブランドに高められるよう磨き上げること、これが姫路市のまちの羅針盤である。
(株式会社日本経済研究所地域・産業本部上席研究主幹・鵜殿裕)
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