斬新な発想を持ち、新分野へ挑み、グローバルに活躍するスタートアップ企業に大きな期待が集まっている。特集では、スタートアップの最前線に迫るとともに、スタートアップを生み育むエコシステムの創出に向けた取り組みを追った。
唾液によるがんリスク検査 医師が開発のセルフケアに注目
山形県鶴岡市にあるサリバテックは、唾液を使ってがんのリスクを手軽に調べることができる検査を開発し、検査キットを「サリバチェッカー」として製品化した。これは慶應義塾大学先端生命科学研究所(2001年開設)の研究成果をもとにしたものだ。同社はその研究施設が隣接する鶴岡市先端研究産業支援センターを拠点に事業を展開しており、その企画開発力や先進性が注目されている。
唾液を採取するだけの手軽ながんリスク検査
サリバテックという社名の「サリバ(saliva)」は、英語で唾液を意味する。同社は、唾液を採取するだけで手軽にがんのリスクを検査できる「サリバチェッカー」を開発した。唾液中の代謝物を超高感度質量分析装置を用いて測定し、人工知能で解析することで、現在がんに罹患しているかどうかを調べることができるキットだ。
「われわれが開発した唾液検査は(血液を採取するための)針を刺す必要がなく、少量の唾液が必要なだけなので、職場や自宅でも検査が可能になります」というのは、医師で同社代表取締役CEOでもある砂村眞琴さんである。
東京都出身の砂村さんは1983年に宮城県仙台市にある東北大学医学部に入局し、同大学でさまざまな研究をしていた。唾液などの代謝物も研究対象で、山形県鶴岡市にある慶應義塾大学先端生命科学研究所のグループと共同研究をしていた。その後、砂村さんは2006年に東京へ戻って地域医療に携わるようになり、医師としてどのように患者に貢献できるかを考え、より早く病気を見つけることが重要な役割だと考えたという。
「特に膵臓(すいぞう)がんは生存率が低く、治るチャンスが大幅に少ない病気です。でも早い段階でがんを見つければ、手術することができます。早期発見できれば大きなインパクトになるのではないかと思いました」。砂村さんは、10年から東京医科大学八王子医療センター兼任教授も務めており、同年ごろから慶應義塾大学と共に唾液によるがんリスク検査の研究が始まった。
担当する患者から資金提供 生命保険会社との協業も
3年後の13年、研究成果を医療サービスとして社会に提供するためには、会社を立ち上げる必要があると考え、同社が設立された。 「どんなに素晴らしい研究でも事業として成功させなければ意味がない。それが社会に役立つことだという使命感がありました」
事業として進めるには、専門的な機械も人材も自社のものとして必要である。驚くことにそのための資金は、砂村さんが医師として担当する患者たちが出してくれた。
「患者さんが6人、1000万円ずつ出してくれました。ありがたかったし、しっかりやらないといけないと思いました」
こうして会社設立時の資金調達はできたものの、事業を成功させるにはさらに大きな資金が必要になる。砂村さんはベンチャーキャピタル数社と会ったが、出資は受けなかった。「ベンチャーキャピタルは投資回収を急ぐので、小規模でも先端的な技術開発をしたいというわれわれの考え方と一致しなかった」という。
転機は、大手生命保険会社が同社の事業に共感したことだった。砂村さんによれば、近年の生命保険会社は「万が一、病気になったら保険金を支払う」というイメージから「共に健康を守る」に変わってきており、がんを早期発見するという同社の事業と方向性が合致したそうだ。
「社会のニーズにも合ったものをと思っていましたが、保険会社のニーズとうまくかみ合ったのがよかったと思います」という砂村さん。複数の保険会社の中から日本生命と協業することになり、17年9月に業務提携した。これがきっかけで同社の信用が高まり、その後、損保ジャパングループとも協業することになった。
資金のほかに企業にとって重要なのは人材だ。当初は「人を選べる状況ではなかった」という砂村さんだが、現在ではほかの病院から転じた研究者、銀行や証券会社から転職した営業担当者もいて、社風に合う人材が集まってきた。砂村さんは企業としての成長を人間の体に例える。
「人間の体も最初は細胞の機能として不十分だったものが、成長するにつれて十分な機能を備えます。それと同様に当社にも役割が明確な人が集まってきているので、もっと機能が良くなり、成長スピードも上がっていくでしょう」
健康を守るセルフケア 企業の福利厚生として導入
同社の検査は医療機関を中心とする試験期間を経て、19年ごろから事業を強化し、本格的にサービス展開を始めた。鶴岡市の医療機関と連携して検査を行い、鶴岡市民の健康を守ることにも貢献している。また同社の「サリバチェッカー」は鶴岡市のふるさと納税返礼品になっており、鶴岡市のPRにも一役買っている。さらに鶴岡商工会議所で全国初となる検査の導入・実施を行い、地元銀行や商工会議所の協力を得て山形県内330社が導入するなど、企業の福利厚生としても徐々に取り入れられている。
「これまでは健康診断などで検査したらたまたま病気が見つかってよかったという流れでしたが、これからは自分で意識して早めに病気を見つけるという『意図した早期発見の時代』にすることが重要です。そのためにはセルフケアが必要で、そのお手伝いをできるのがサリバチェッカーです」。同社では病気の早期発見という未来型医療を目指している。
会社データ
社名 : 株式会社サリバテック
所在地 : 山形県鶴岡市覚岸寺字水上246番地2
電話 : 0235-64-8452
HP : https://salivatech.co.jp/
代表者 : 砂村眞琴 代表取締役CEO
従業員 : 約20人
【鶴岡商工会議所】
※月刊石垣2023年5月号に掲載された記事です。
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