だるい、食欲がない、疲れが取れない……。夏が来るたびに、こんな症状に襲われてはいないだろうか。気を付けているつもりでも、ひたひたと忍び寄ってくる招かれざる客、それが夏バテだ。暑さを上手に乗り越えるために、日ごろから心掛けておきたい予防策や、不調になったときの対処法について、脱水症にくわしい谷口英喜医師に聞いた。
谷口 英喜
済生会横浜市東部病院周術期支援 センター長・栄養部長 医学博士
夏バテは体が環境に順応しにくい高齢者に多い
――夏バテとはどのような状態をいいますか。
谷口 夏バテは医学的な病名ではありません。夏の暑さが原因で起こる、だるさや疲労、食欲不振、意欲の低下、睡眠不足などの不調を、夏バテと呼んでいます。
――昔と比べて、夏バテになる人が増えている気がします。
谷口 地球温暖化やエアコンの普及などが挙げられますが、一番の要因は高齢化でしょう。年齢を重ねるごとに体が環境に順応しにくくなっていくので、夏バテしやすいといえます。
――なぜ夏バテになってしまうのでしょうか。
谷口 大きな要因は、自律神経のバランスの崩れです。人間の体は暑さにさらされると、自律神経の働きで汗をかき、体を冷まして一定の体温に保とうとします。ところが、冷房の効いた環境に慣れてしまうと、体温を調節する必要がないため機能が低下し、暑い屋外に出てもうまく汗がかけなくなって不調を招くのです。また、暑さで睡眠不足が続くと、疲れが取れず食欲もなくなるので、体力が落ちて暑さに負けてしまいます。
――暑い季節に汗をかくことは大切ですね。
谷口 その通りです。そして汗をかいたら水分を補給することも不可欠。人間の体の大半は、水分と塩分(電解質)の混ざった体液からできています。汗をかくと体内の水分が不足するので、外から補ってあげないと脱水症を起こします。軽いうちに水分をとって対処しないと、汗が出なくなって体温が上昇し、やがて熱中症を招いてしまいます。
――夏場はそれなりに水分をとっているつもりですが……。
谷口 特に水分を必要とする臓器が三つあります。一つは脳で、水分が8~9割はないと機能が保てません。それより少なくなると、ぼんやりしたり、集中力が低下したり、ひどくなると頭痛やめまいが起きます。二つ目として同様に消化器も8~9割を水分が占め、不足すると食欲低下、下痢や便秘などが現れます。三つ目の筋肉は、水を溜(た)めておくタンクの役割を果たしていて、実に9割が水分なので、不足するとパフォーマンスが低下するほか、筋肉痛やこむらがえりなどを起こしやすくなります。夏バテの症状は、実は脱水が原因であることも少なくないのです。
一日1・2~1・5ℓの 水分補給が予防の第一歩
――水分をしっかりとらないといけませんね。
谷口 そうなんですが、とり過ぎもよくありません。胃液や腸液が薄まり、うまく消化吸収できなくなって、食欲が低下します。食事がとれないと、エネルギー不足を起こして体力が落ち、疲れやだるさを招くことになります。
――一日にとりたい水分の目安は。
谷口 食べ物と飲み物から半分ずつとるのが理想で、飲み物は1・2~1・5ℓを目安にとるといいでしょう。1回の摂取はコップ1杯程度にして、8回くらいに分けて飲むのがコツです。
――水分以外で気を付けたいことはありますか。
谷口 自律神経のバランスを整えることです。バランスを崩す原因の一つはエアコンなので、一日中オフィスで過ごす人はたまには屋外で暑さを感じましょう。外気の刺激が自律神経を活性化させます。
――快適な環境の方が体に負担がなくていいのかと思っていました。
谷口 逆に、夜はエアコンを上手に使いましょう。暑さのせいでよく眠れなかった朝は、自律神経がスムーズに活動モードに切り替わらず、夏バテの誘因となります。夜はぐっすり眠れる環境づくりを優先してください。
――確かに睡眠不足だと食欲もわきません。
谷口 夏場は食欲が落ちても、できるだけ食事を抜かないようにしましょう。食べ物は活動エネルギーであると同時に、水分の供給源でもあるからです。どうしても食欲がわかないときは、野菜スープや野菜ジュースを飲むだけでもかなり違います。
――野菜は夏バテ予防にいいのでしょうか。
谷口 野菜には水と電解質、さらにビタミンB群やビタミンCが豊富に含まれているので、水分補給や疲労回復につながります。この時期なら、トマトやキュウリ、ナスなどの夏野菜を積極的に取り入れてください。食欲が戻ってきたら、肉や魚などタンパク質の豊富なものをとりましょう。筋肉の水分保持能力がアップして、脱水症予防にもなります。
――筋肉をつけるという意味では運動も必要なのでしょうか。
谷口 タンパク質をとっても、筋肉を動かさないと実にならないので、ウォーキング程度の運動はしてほしいです。特に車で通勤している人は、一日1回は汗をかく程度に体を動かす機会を意識的に設けましょう。
適切に対処すれば1~2日で回復する
――実際に夏バテになってしまったときの対処法はありますか。
谷口 夏に限らないのですが、やはり規則正しい食生活を送ることが第一です。食欲がわかないときは、エアコンで部屋を涼しくし、少量ずつでも朝・昼・晩と食べて体力を回復させます。
――栄養ドリンクは効果がありますか。
谷口 体の水分が不足気味なところに栄養ドリンクを飲んでも、体全体に行き渡りません。まずは水分を補給して、体液の循環をスムーズにすることが先決です。
――ビールなどのアルコールを水分と見なしてもよいのでしょうか。
谷口 残念ながらNOです。アルコールは利尿作用があり、分解するときにも水分が使用されるため、飲んだ量以上の水分が奪われてしまい、結果的に脱水を加速させてしまいます。また、飲み過ぎは胃腸の機能が低下して消化・吸収不良を起こし、脱水を招きやすいので、適量を心掛けましょう。
――もし、めまいやふらつき、吐き気など、普段と違う症状が出た場合は?
谷口 脱水症が疑われる場合は、早急に電解質の入った水分をとってください。一般的なスポーツドリンクでもいいのですが、より吸収の早い経口補水液がおすすめです。それがアクセルとなって消化器が働き始め、食欲が出てきます。軽い脱水なら1~2日でよくなるでしょう。
――夏バテが長く続く場合はほかの病気も気になりますか。
谷口 平日に「ちょっと調子が悪いな」と感じたらまず水分をとり、週末は食べて、ゆっくりして、よく寝ること。夏バテならそれで回復します。ただ、高血圧や糖尿病、動脈硬化などの持病を抱えている人は、自律神経の働きが低下しているので、夏バテになりやすく、回復しにくいといえます。不調が何日も続くようなら、別の病気の可能性もあるので、念のため医療機関を受診しましょう。
やっておけば安心夏バテ撃退法
体にこたえる日本の夏。偏った食事、疲労、睡眠不足、運動不足、飲み過ぎなどが積み重なると、つけ込んでくるのが夏バテだ。そんな隙を与えないためにも、日ごろから心掛けておきたい予防策と、なってしまったときの回復法を紹介する。これでもう慌てることはない。監修/谷口英喜
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