テーマ別企業事例観光業の逆襲インバウンド復活のヒントが見えてきた DMC天童温泉

天童商工会議所月刊石垣2023年8月号山形県天童市 DMC天童温泉

2023/9/5

コロナ禍で大きな打撃を受けた観光業だが、出入国が緩和されたことを機にインバウンドの復活が期待される。日本政府観光局によると、6月の訪日外客数は新型コロナウイルス感染拡大前の2019年同月比72%となり、着実に持ち直してきている。ビヨンドコロナに向けて、地方誘客や消費拡大とともにインバウンドをV字回復させることが、地域経済の活性化には欠かせない。インバウンド需要を取り込むヒントを各地の取り組みから探る。

日本人にも外国人にも人気の「銀山温泉Twilight Trip」など天童温泉から往復直行バスで行くツアーも多い

温泉旅館の若手経営者が会社設立　地域全体で選ばれる仕組みづくり

山形県天童市の天童温泉では旅館の若手経営者らが出資して「株式会社DMC天童温泉」を設立し、周辺地域の観光地や農家、関係団体と連携して地元ならではの新たな体験やサービスを企画、販売している。温泉に連泊してもらうことを目的にした同社は地域全体で利益を上げる仕組みをつくり、天童温泉を世界中の旅行客から選ばれる魅力的なエリアにしようと取り組んでいる。

温泉に連泊してもらうため地元ならではの体験ツアー

天童温泉のある山形県天童市は将棋駒の産地として知られ、さくらんぼなど果物の産地でもある。DMC天童温泉は、地元旅館の若手経営者7人らが出資して2017年に設立した。DMCとは「Destination Management Company（観光地経営会社）」の略である。

「目的は天童温泉の宿泊客を増やすことです。連泊してもらうために楽しいアクティビティーをつくる。そのための仕組みをつくっています」と、DMC天童温泉代表で「ほほえみの宿滝の湯」代表取締役でもある山口敦史さんは語る。

DMC天童温泉の主な事業は地元ならではの体験ツアーの企画販売である。

ツアーの行き先は天童温泉から半径50㎞ほどの範囲で、天童市内に限らない。例えば、春から初冬にかけて大人気なのが山形市にある山寺の「もう一つの山寺を地元ガイドと巡る峯の浦瞑想(めいそう)ハイキングツアー」である。これは一般的なコースとは違う地元ガイドだけが知っているコースを歩くツアーで、旅行代金は5000円。旅行客から「特別な体験ができる」と好評だ。また、初夏だけの「朝摘みさくらんぼ狩りツアー」は、実が最もおいしいとされる早朝にさくらんぼ狩りに行ける。一般的な観光さくらんぼ園の入園料約1500円に対し、同社のツアーは5800円だが、さくらんぼのおいしさが段違いと評判で、土産用さくらんぼの購入金額は平均3万円だという。

こうしたツアーは、農家などとつながりのある地元企業だからこそできる旅行商品である。地域の魅力を発掘するのは同社の社員で、旅行商品にするために農家など受け入れ側と交渉する。当初は「受け入れが面倒」「ツアーを企画しても人を呼べるのか」と懐疑的な意見も言われた。しかし、今では農家などにとって収入になるだけでなく、旅行客に喜ばれるので受け入れ側のモチベーションアップにつながっているという。

旅館だけではなく地域全体で利益を上げる仕組み

「当社の事業は、旅館だけがもうかる仕組みではありません。地元の観光地や飲食店などにもお客さまが増え、エリア内で旅行客がお金を使ってくれることが大事です。そうでなければ地域は活性化しません」という山口さんは天童商工会議所の副会頭も務めており、地域全体の活性化も同時に行っている。例えばこれまで旅館では当たり前だった1泊2食という概念を捨て、夕食は地域の飲食店を利用してもらう取り組みがある。20年には地元ホテルの駐車場だった場所に居酒屋などの飲食店が集まる天童温泉屋台村「と横丁」をつくった。同社が運営するこの横丁をいわば夕食のゼロ次会として、周辺飲食店へ誘客する狙いがある。

さらに21年からは同社が旗振り役となり、旅館や観光施設の一部をユニバーサルデザインに改修して、誰でも利用しやすいハード面の整備を進めている。山口さんが社長を務めるほほえみの宿滝の湯では浴槽の高さを車いすの座面の高さと同じ45㎝にした貸し切り風呂を整備した。「国内外を問わず何か障害のある人が『天童温泉なら安心して行ける』となれば唯一無二の地域になれます」と山口さんはその目的を語った。

県内の温泉地域と連携　「観光DX」実証実験へ

天童温泉のインバウンドは19年には過去最高となり、20年にも多くの予約が入っていたが、コロナ禍で全てキャンセルになってしまった。その後22年までは厳しい状況が続いたが、23年には急激に戻っている。台湾や東南アジアの人が多く、銀山温泉や蔵王など雪景色が美しい場所を見たいと言うそうだ。これまではオフシーズンの雪の季節をいかにオンシーズンにするかが課題だった。コロナ禍を経て、同社では「今年はインバウンド対応への再スタートの年」と位置付けている。

「今後はグループツアーが減り、個人客が増えていきます。魅力的なアクティビティーを提案して連泊を増やすのは、海外の個人旅行客を増やす対策でもあります。そのためには個々が満足できるように、旅行商品も食事も旅ナカで簡単に購入できることが大事で、キャッシュレスなど、外国人も利用しやすいシステムづくりを進めたい」と語る山口さん。同社では現在、アクティビティーと宿泊を一緒に購入できるプラットフォーム（予約サイト）をつくっている。さらに今後は同じ山形県内の銀山温泉や米沢エリアと連携し、3地域で「観光DX」の実証実験を行う予定になっている。