火事がきっかけで呉服屋に
埼玉県南西部、東京都青梅市とも接する位置にある飯能市は古くから材木業と織物業が盛んで、多くの材木と着物がここから江戸に運ばれていた。元々旅館だった吉田屋は、この地で明治7(1874)年に創業した。 「飯能は、幕末の慶応4(1868)年に起こった戊辰戦争の流れの中で戦地となり、市街地が戦火で大打撃を受けました。明治に入ってまちの復興を進めている時期に、私の曽祖父に当たる吉田増造がまちに出てきて、明治7年頃に旅館を開いたのが始まりです。ですので最初は呉服屋ではなく、旅館から始めたんです。当時の飯能は宿場町になっていて、作家の尾崎紅葉もうちの旅館によく泊まりに来たそうです」と、五代目当主である吉田行男さんは言う。
明治40(1907)年に旅館がある地域で大火事が発生し、旅館が焼失。二代目の作二郎が早世したために三代目を継いだ弟の清三郎が、近くに移り呉服屋を開いた。それが今の吉田屋呉服店である。 「5人兄弟の一人が日本橋の呉服問屋に勤めていた関係で、呉服屋を始めました。当時の呉服屋は今の洋服屋と同じですから、太物といって木綿を使った普段着の着物を売っていました。かつては市内にはほかにも呉服屋が数多くありましたが、徐々に減っていって、市内ではもう3軒になってしまいました。また、大島紬(つむぎ)を模して飯能で織られていた男物の着物は『飯能大島紬』と呼ばれて、昭和50年頃までは盛んに織られていたのですが、男の人が着物を着なくなって需要が減り、今ではわずかに反物が残るだけです」
販売競争の厳しい地で修業
四代目で吉田さんの父親でもある富雄さんは、経営者として店の責任を持ちながらも、店の運営は有能な番頭たちに任せていた。その父から「店を継ぐことなど考えないで、好きなことをやればいい」と言われていた行男さんは、絵が好きだったこともあり、美術大学で日本画を専攻し、卒業後は中学校で美術教師を務めていた。 「教師になって4年がたった頃、父が少し年を取ったなと感じたんです。それでやはり店を継ごうと決めて、埼玉県蕨市にある呉服屋で2年半修業してきました。蕨市は当時、有名な呉服屋が何軒もあり、着物の激戦地でした。そこではいかに新しいお客さまを獲得するかが勝負で、その難しさと厳しさを学びました。着物を見る目は、日本画をやっていたことで鍛えられていたところもあると思います」
店に戻った吉田さんだったが、蕨と飯能では商売のやり方が異なる。新しいお客さまを獲得するのではなく、今までの顧客からの信用を大事にする商売を続けていった。 「仕入先からの信用も重要で、良いものを安く仕入れてお客さまに提供するには、仕入先に払うべきものをきっちり払うという商業の鉄則を守ってきました」
地元・飯能のために尽力
店を継いでからも堅実な商売を続けていた吉田さんだったが、20年ほど前に火の不始末から火事が起こり、店舗が全焼。品物も全て焼けてしまった。 「2度も火災に遭ってしまいましたが、友人や商店街の方々に助けていただき、また火災保険のおかげもあり、店を再建できました。地元への恩返しの気持ちで、地域資源の活用や新名物の開発などに積極的に協力しています。また、三代目・清三郎からたたき込まれた家訓の一つに『商いは三方をよしとする』というのがあり、“売り手よし”“買い手よし”“世間よし”と教えられました。長く商売を続けていくには、店がある地元にも多様な面から貢献する。地域が元気になり、まちや商店街がにぎわい、お店も潤うというわけです」
現実として着物を着る人が減っている。そのため今は着物以外に和装小物やお祭り用品、のぼりやのれんも扱うようになっている。 「職人さんが伝統的な手仕事でつくると、つくり手の魂が感じられる。そういうものを大事にしていきたい。呉服中心の販売だけで店を経営するのは大変ですが、空いた時間は自由に使えて生活が豊かになる。だから仕事も楽しめるし、店を長く続けていけるのだと思います」
店の将来について、吉田さんはこのように考えている。 「私も息子には好きなことをやれと言っています。私の父もそうでしたし、おそらく代々これまで、同じようにしてきたんだと思います。息子は、今は起業して会社を経営しています。店を継ぐか、ほかに活用するかどうかは、後の世代に任せます」
吉田屋呉服店も元々は旅館から始まっている。店の将来は次の世代に任せる、という経営方針が、明治7年から脈々と続く長寿企業の秘密なのかもしれない。
プロフィール
社名 : 株式会社吉田屋呉服店(よしだやごふくてん)
所在地 : 埼玉県飯能市仲町21-25
電話 : 042-972-4040
HP :https://hannogofuku.handcrafted.jp/
代表者 : 吉田行男 代表取締役
創業 : 明治7(1874)年
【飯能商工会議所】
※月刊石垣2023年12月号に掲載された記事です。
最新号を紙面で読める!