北海道のソウルフード、ジンギスカンの製造販売やレストランチェーンを手掛けるマツオは、1956年に創業した。四代目で社長の松尾吉洋さんは、創業者の祖父の教えを胸に〝松尾ジンギスカン〟を全国に向けて展開するとともに、創業の地を中心に、ジンギスカン文化を地域に根付かせるべく奮闘している。
味付きジンギスカンの発展に創業者の姿あり
羊肉と野菜をドーム状の鉄鍋で焼くジンギスカンには、大きく二つの食べ方がある。羊肉を焼いてからタレを付けるタイプと、タレに漬け込んだ羊肉を焼くタイプだ。松尾ジンギスカンは後者の代表格で、味付きジンギスカンのルーツとも関わりが深い。それは1918年、国が策定した「めん羊100万頭増殖計画」の一環で、北海道滝川市に滝川種羊場が開設されたことに始まる。羊毛生産が目的の飼育で、地域一帯は〝羊の聖地〟として栄えた。当時この地で家畜商を営んでいた、マツオの創業者・松尾政治さんは、ある日、めん羊組合の会長に誘われて羊肉を食す。タレに漬け込まれた羊肉のあまりのおいしさに衝撃を受けた政治さんは、会長からタレのつくり方を教わると、10年の月日をかけて研究し、独自のタレを開発。56年3月には「松尾羊肉専門店」を開業し、味付きジンギスカンの販売を開始した。四代目で社長の松尾吉洋さんは言う。 「滝川の名産品であるリンゴとタマネギ、これに10種類以上のスパイスを加えた秘伝のタレは、今も創業時と同じレシピです。祖父は羊肉のおいしさを広めたいのもありましたが、安価な羊毛の輸入でめん羊事業が頭打ちとなってしまった地元、滝川への地域貢献の思いもありました。しかし、開業当初は苦戦続きで、お花見の名所である地元の公園で、無料レンタルの七輪と一緒にジンギスカンを売って評判になったことが転機だと聞いています。羊肉の量り売り店から自宅兼レストラン、そして現在の本社のある地へと移り、事業を拡大させていきました」
長男として生まれた松尾さんは、祖父、父の姿を見て、「いつか自分も」と家業を継ぐことを意識していたという。その「いつか」は突然やってきた。千葉県の全寮制高校に入り、そのまま東京の大学に進学した松尾さんの元に、父親が脳卒中で倒れたという報せが入る。そして、祖父の「帰って来い」の一声で、継ぐことが決まった。
近江商人の「三方良し」と祖父の「謝恩」の教えを実践
94年4月に家業に入った松尾さんは、製造工場に配属され、羊肉の処理や秘伝のタレづくりなどに携わる。その後は上富良野や札幌、新千歳空港など観光や交通の要衝の店舗運営を任され、事業拡大の推進力になっていった。 「父の亡き後、叔父が事業を承継し、私は2014年4月に社長に就任しました。就任初日にまずしたことは、パートやアルバイトを含めた全従業員に小冊子を配布し、経営方針、目指す会社の姿を伝えたことです。小冊子で一番に伝えたかったのが、売り手良し、買い手良し、世間良しの『三方良し』の言葉。そして祖父がよく言っていた、目先の利益を追わずお客さまに喜んでもらうこと、得た利益を地域に還元する『謝恩』の精神です」
これらの思いを従業員と共有しつつ、就業規則や評価制度などの働き方改革、松尾ジンギスカンのリブランディングを推し進める。松尾さんが意識したのが『機能的価値』と『情緒的価値』の二つだ。前者は品質管理。生産から消費までを見える化するトレーサビリティーの徹底で、商品価値を高める。後者は食文化として、お花見や運動会、試合に勝った日などの特別な日にジンギスカンを食べる、楽しい思い出に残るような文化的価値を根付かせることだ。
食文化として次の世代に羊料理を伝えていく
そして、100年先を見据えた経営の多角化も推進する。ブランド力があるが、後継者問題を抱える企業とのM&A事業だ。中華料理店や惣菜店を手掛ける点心札幌、プリンが人気の山下館を子会社化した。また、創業の地・滝川市に「松尾めん羊牧場」を開設。国内で消費される羊肉はほぼ輸入という現状の打開策として、ラム肉に適した肉用羊サフォーク種の国内成育と、滝川産の米や小麦を飼料にするなど地域資源の活用、地域活性化に取り組んでいる。
さらに地域の食育にも取り組む。15年より滝川市の小中学校の給食に松尾ジンギスカンを提供し、今では周辺5市5町の学校へ範囲を広げている。提供するのは約6000人、特上ラムのジンギスカンは1000㎏を超える。これが無償というからすごい。マツオ従業員が生徒たちと会食し、次の世代へジンギスカンの魅力やおいしい食べ方を伝えている。 「マツオの強みは食品メーカーとレストランチェーンの両輪があること。スーパーやイベント出店、ネット通販などジンギスカンを食す機会の創出が多様で、ジンギスカンカレーやスープ、コロッケなど新メニューも開発しています」
大手アパレルメーカーや、玩具メーカーなどとのコラボでTシャツや羊のパズルなどの販売、札幌の高校生と開発した唐揚げ『ザンギスカン』など、ユニークな企画で世間を楽しませることが多いのもマツオの魅力だ。 「ジンギスカンだけではなく、羊肉を日本の食文化に浸透させる。そんな未来にするには、お客さまを精いっぱい喜ばせ、楽しませることが近道です」と、松尾さんは笑顔で語った。
会社データ
社名 : 株式会社マツオ
所在地 : 北海道滝川市流通団地1-6-12
電話 : 0125-23-1919
HP : https://corp.matsuo1956.jp
代表者 : 松尾吉洋 代表取締役社長
従業員 : 201人(パート含む)
【滝川商工会議所】
※月刊石垣2024年1月号に掲載された記事です。
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