コンテンツツーリズムとは、アニメや映画の舞台となった場所を訪ねる「聖地巡礼」に代表される観光行動の一つである。作品のストーリーを通じて醸成された地域固有のイメージにテーマ性やストーリーなどを付加し、新たな観光資源として活用している地域もある。地域に人を呼び込む手法として注目されている、コンテンツツーリズム成功の法則を探る。
近年、人気アニメの舞台になったことで、これまであまり縁のなかった地域に「聖地巡礼」と称して多くの観光客が訪れている。さらには、日本アニメの世界的な人気からインバウンドも増加。そこで、聖地巡礼やコンテンツツーリズムに詳しい、近畿大学総合社会学部准教授の岡本健さんに、 コンテンツツーリズムを成功させるために地域がまず取り組むべきことは何なのかなどについて話を聞いた。
コンテンツツーリズムとゾンビ映画の共通点とは
─まず、岡本先生は日本で唯一、ゾンビに関する「ゾンビ学」の講義を大学で行っているそうですが、これはどういったものですか。
岡本健さん(以下、岡本) 私自身のゾンビに関する研究は、主に映画やアニメ、漫画、ゲームなどに登場するゾンビを対象にしています。これを「ゾンビ学」として学生への教育に生かしています。とはいっても、学生たちにゾンビについて詳しくなってほしいわけではありません。ゾンビのようなものを学術的にどのようにアプローチするかを伝えることで、学生たちに自分の本当に好きなテーマ、興味のある題材に取り組んでいけるようになってほしい。そのヒントを「ゾンビ学」の授業で提供しているのです。
─「ゾンビ学」と、岡本先生の専門の一つであるコンテンツツーリズム学に関連性はありますか。
岡本 はい、関連があります。コンテンツツーリズムの中でも特に注目しているのがアニメの「聖地巡礼」で、そこではさまざまな創作が起こっています。一方、ゾンビ映画は、低予算の中で試行錯誤してチャレンジングなことをやっている。どちらも人があれこれ考えながら取り組んでいて、創意工夫により、どのように新しい文化が構築されていくのか、研究者として興味をそそられます。
コンテンツツーリズムでは旅行者も主役でありたい
─では、コンテンツツーリズムとは、どういうものなのでしょうか。
岡本 コンテンツツーリズムは、政府が2005年に発表した報告書の中で最初に使われた言葉で、「地域に関わるコンテンツ(映画、テレビドラマ、小説、漫画、ゲームなど)を活用して、観光と関連産業の振興を図ることを意図したツーリズムを『コンテンツツーリズム』と呼ぶ」と定義されています。ですが、私はコンテンツという言葉の意味をもっと広げて、観光は全てコンテンツツーリズムだと思っています。
観光というと、奈良の大仏や東京タワーといった名所旧跡が一般的ですが、ダムやマンホールのような、誰もが見たいと思うわけではないものも観光資源になります。結局、誰かの心を引き付けるものを、いかにコンテンツ化するかが、観光になるかどうかのポイントだと思います。
─コンテンツツーリズムのうち、アニメの聖地巡礼では、どのようなことが行われているのですか。
岡本 先ほども申し上げましたが、巡礼地となっている地域では、ファンと地域の人とアニメの著作権者がいろいろな形で関わり合いながら、さまざまな変化が起こっています。ファンだけ、地域の人だけ、著作権者だけでは、こういったことは起こりません。これがコンテンツツーリズムの大事なところです。観光資源があって、人がそれを見に行って、お金を使って帰る、ではないんです。コンテンツツーリズムでは、旅行者も 主役でありたいというのが大きいのです。
─具体的には、どのようなものになりますか。
岡本 例えば、漫画やアニメで人気のある『らき☆すた』の舞台になった埼玉県鷲宮町(現・久喜市)は、観光名所もなく観光協会もなかったのですが、アニメファンが多く訪れるようになり、地元の商工会の人が訪れたファンにヒアリングをして、なぜここに来たのか、どんなものがあったらいいかといったことを調べていきました。その後、『らき☆すた』の著作権を持つ角川書店(現・KADOKAWA)に連絡したところ、協力してくれることになり、イベントの企画やグッズの製作・販売が行われるようになりました。
誰かが強い意志を持って進めていくことが重要に
─鷲宮町では、実際にどのようなイベントが行われたのですか。
岡本 一つは、地域の飲食店を巡るスタンプラリーです。『らき☆すた』の聖地として鷲宮町を訪れた巡礼者たちがこれに参加し、地域の飲食店に大きな経済効果がありました。また、土師祭(はじさい)という地元のお祭りで、08年から「らき☆すた神輿(みこし)」が担がれるようになり、全国から担ぎ手が集まりました。これは毎年、何万人という人たちが訪れるイベントになっています(18年からは鷲宮地区の夏の例祭である八坂祭で担がれ、コロナ禍で3年間中止した後、23年復活した)。
─何万人も集まるイベントを、一回だけとか数年やって終わりではなく、10年以上続けているのはすごいですね。
岡本 埼玉県は観光地と思われていないので不利な点もありましたが、大都市圏に近い利点もありました。その与えられた環境の中で、イベントのプロではない地域の人たちが一生懸命取り組んできた結果だと思います。やること全部が成功したわけではありませんが、毎回反省をして、次は何をしようかと前向きに取り組んでいき、そこからチャンスが生まれて、多くの人を巻き込んでいった。このプロセスが鷲宮町では非常にうまくいったのだと思います。
─そのほかにも、アニメの巡礼地としてうまくいっているところがありますが、それぞれの地域の共通点は何かありますか。
岡本 コンテンツ産業側の事情が分かる人と、地域とコミュニケーションができる人の2人、もしくは1人が両方を兼ねていてもいいのですが、そういった存在の人がどの地域にも必ずいます。コンテンツ産業側の事情というのは、例えばKADOKAWAにとっては『らき☆すた』が一番大切で、鷲宮町の取り組みが『らき☆すた』のブランドを高めてくれるのが協力している理由です。そして地域の理屈も分かっていないと、地域の人たちからの協力を得ることはできません。
もう一つは、地域の動きを強烈に推進していく人が必ずいます。何か問題が起こっても、この人が強い意志を持って進めていく。これを大人数の合議制でやっていては、なかなか前に進みません。
アニメの聖地ではなくてもコンテンツツーリズムは可能
─アニメの舞台になっていない地域では、どのように活路を見いだしたらよいでしょうか。
岡本 コンテンツはアニメに限らないので、やろうと思えば何でもコンテンツになります。例えば奈良県の山間部にある下北山村では、1980年代後半にツチノコ共和国というものをつくり、そこでツチノコを見つけた人には賞金を出すということを始めました。ここでツチノコの目撃談があり、当時はツチノコ探しが流行していて、山奥にある下北山村にツチノコがいそうなこと自体がコンテンツになっています。ツチノコは見つからないと思いますが(笑)、訪れる人もそれを分かって探しに来ていて、その地域のボタン鍋や山菜料理を食べ、田舎体験を楽しんで帰っていく。これも立派なコンテンツツーリズムだと思います。
─そういった自然の要素もないところはどうしたらいいでしょう。
岡本 アイデアの勝負だと思います。広島市にある横川商店街では、10月末のハロウィーンに合わせて「横川ゾンビナイト」というイベントを開催していて、全国からゾンビ好きが集まってきます。とはいっても、この商店街とゾンビは何の関係もなく、地域のゾンビ好きの人たちが、ゾンビのメイクをしてまちを歩けたら楽しいんじゃない?と始めたイベントで、2015年から毎年開催しています。
─自分たちでコンテンツをつくり出してイベントを企画する際に注意すべきことはありますか。
岡本 まず意識しないといけないのは、そのコンテンツが誰に“刺さる”のかということです。どんなコンテンツも、それに興味を持つ人がいなければ誰も見に来てくれません。また、そのコンテンツが好きな人たちの価値観を無視してイベントをやっても、失敗する可能性が高い。ですので、そのコンテンツが好きな人に話を聞いて、イベントでどんなことをやったらいいかといったリサーチは絶対に必要です。
最初から毎年開催することなど考えるのではなく、楽しそうだからやってみようと始めて、思ったより人が来て楽しんでくれたから来年もまたやろうという形でいい。地域の伝統的なお祭りも、実際はそうやって始まって、そうやって続いてきたのだと思います。
※次号から岡本先生の連載が始まります。
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