わが国経済の地位低下になかなか歯止めがかからない。昨年12月、内閣府は、2022年のわが国の一人当たりの名目GDPは経済協力開発機構(OECD)加盟国中第21位と発表した。国際通貨基金(IMF)によると、23年の世界のGDPランキングでわが国は、ドイツに抜かれて第4位に転落したようだ。
今から約30年前、わが国では住専問題など不良債権問題も顕在化した。政府は大手銀行などに公的資金を注入し不良債権処理を進めたものの、その実行は遅れ、後手を踏むことになった。そして、1997年に金融システム不安が発生した。その後はデフレ経済が深刻化し、わが国経済は塗炭の苦しみを味わった。その結果、企業経営者は“羹(あつもの)に懲りてなますを吹く”心理に陥った。過度にリスクテイクを恐れる心理が経済全体で高まった。日本銀行はゼロ金利政策や量的緩和策、13年以降は異次元緩和を強化しデフレ脱却を目指した。今もこの金融政策の運営方針は続いている。
一方、90年代以降、世界経済は大きく変化した。中国は改革開放や冷戦終結などによって、徐々に資本主義経済を取り入れ工業化を進めた。韓国、台湾では半導体などの先端産業が急成長した。米国ではIT革命が起き、アップルなどのソフトウェアの設計・開発を強化。製品の生産を台湾企業などに外注し、国際分業が加速した。世界の主要企業は最もコストの低いところで生産し、より高い価格で販売できる市場に供給する体制を強化した。世界経済のグローバル化は進んだ。デジタル化の加速もあり、在庫管理など事業運営の効率性は高まり、世界全体で物価安定と緩やかな経済成長が同時進行した。リーマンショックを挟み、有力IT先端企業の急成長を支えに米国経済は回復した。多くの新興国や米欧諸国で賃金は上昇した。対照的に、国内需要の停滞、人口減少などでわが国の経済は縮小均衡に陥り、97年以降、賃金は伸び悩んだ。それが、わが国経済の“失われた30年”の大まかな景色だった。
ただ、わが国経済には徐々に明るい兆しも現れ始めている。まず、各地で半導体分野の大型の設備投資案件が目立っている。生成AIの利用増加などによって、戦略物資として半導体の重要性は高まる。一方、台湾問題の緊迫感から、米欧諸国が台湾積体電路製造(TSMC)に依存したチップ調達を続けることは難しい。半導体のサプライチェーン強化のために、製造装置、高純度のフッ化水素などの部材メーカーが集積するわが国の重要性は高まった。そうした変化を追い風に、北海道ではラピダスが最終的に回路線幅1ナノメートルのAI対応チップの製造を目指すという。
TSMCは、熊本の工場で先端分野のロジック半導体の製造を表明した。メモリ半導体分野でも、広島県で米マイクロン・テクノロジーが設備投資を発表した。関連部材、製造装置などの分野でも大型の投資が相次ぐ。雇用に関する価値観も変化し始めた。“新卒一括採用・年功序列・終身雇用”からなる雇用慣行から脱却し、実力に応じた賃金を支払う企業は増えた。中途採用の増加により、労働市場の流動性も高まった。ようやくわが国でも効率的な資源の再配分という本来あるべき変化が起きつつある。政府は民間部門の改革の動きをサポートするため、学び直し=リスキリングや職業紹介などを強化することが必要になる。
これから、民間企業としても世界経済の環境変化に対応しつつ、成長期待の高い分野での思い切った投資や人材育成を強化することになるだろう。それは、中長期的な企業の成長、わが国経済の潜在成長率を高めることに寄与するはずだ。そのために、国が産業政策として民間のリスクテイクをサポートする意義は増す。設備投資、賃上げが軌道に乗れば、潜在成長率上昇の可能性は高まる。わが国経済の実力を高め、世界経済における日本経済の地位回復を支えることになるはずだ。わが国経済に希望の光を見いだすべき時期が来ている。それは、わが国の株式市場の動向に少しずつ表れている。 (1月11日執筆)
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