林業従事者数の減少は著しい。1980年には全雇用者のうち約16・8%を占めていたが、現在はわずか4万人ほどとなっている(総務省国勢調査)。その中で兵庫泉さんは、未来の森林を守ろうと高度な伐採技術を引き継ぐべく、自ら山に入り少数精鋭の人材を育てる。地域の子どもたちには見学ツアーを開催し、林業研究会にも所属して業界を盛り上げるため情報発信する。
「婿入り」の結婚条件でやむにやまれず実家へ
静岡県のほぼ中央に位置し、市内の南北を大井川が流れる島田市。南アルプスに続く山々が連なる北の中山間部・伊久美で、兵庫親林開発代表取締役の兵庫泉さんは生まれ育った。静岡茶発祥の地としても知られ、お茶農家も多い地域だ。 「周りは林業とお茶農家を兼業する家がほとんどで、うちもその一つ。父は幼少期に父親を亡くし、若くして林業を営む親方の下で働きつつ、お茶や原木シイタケの生産で生計を立てていました。1992年に個人事業主として独立後も、暮らしにそう変化はなかったようです」
その間、野山を駆け巡って育った兵庫さんは、都会への憧れを強く持つようになったという。高校卒業後は電気メーカー大手のNECに就職し、神奈川県で一人暮らしを始めた。山で育った反動から海に興味を持ち、休日はサーフィンを楽しんだ。「幸せな生活でした」と懐かしむが、その生活も長くは続かなかった。 「私が22歳の時に兄が急逝してしまったのです。親から『帰ってきてほしい』と言われ、私も親のそばにいてあげたいと思いました」
地元の職業訓練学校に入ってパソコン操作や商業簿記を身に付けるが、家業に入ったわけではない。上京時、懇意にしていたスポーツショップが静岡市に店を出すと聞いて、その店に再就職した。
家業とは無縁の人生を歩む兵庫さんが、家業を意識したのは結婚がきっかけだ。その時、父の正晴さんが放った言葉が青天の霹靂(へきれき)となる。 「結婚するなら婿になってもらわないと困る」
有無を言わせない条件だったが、結婚相手は首を縦に振った。そして兵庫さんも半強制的に家業に入ることになったのである。
会長と社長の板挟みの末 新社長になることを決意
「私も20代半ばと若く、家業も新東名高速道路や静岡空港建設に向けた伐採作業を手掛けていたので、なんとかなると思っちゃったのですよね。甘かったです」
兵庫さんは母親と共に経理を担当すると、下請け業の不安定な経営状態を痛感する。受動から能動的な経営体制にすべく法人化を提案するものの、父親は社長になることをかたくなに拒んだ。 「法人化する利点を説明しても、職人気質の父は社長にはならないと一点張り。対話を続ける中、会長ならいいと言ってくれたので、夫が社長に就き、2010年に社名を兵庫親林開発としてスタートしました」
林業は秋から冬、お茶栽培は春から秋に手掛けていたが、林業1本に絞り、スタッフも季節雇用から常用雇用にシフト。森林整備入札資格を取得し、静岡県の補助事業に参入するなど、新しい事業分野を切り開いていった。 「法人化する際には島田商工会議所に書類手続きなどで、大変お世話になりました。スムーズに法人化できたのはいいのですが、その後は社長と会長で意見が合わず、私は板挟み状態。紆余(うよ)曲折の末、結婚14年で離婚に踏み切りました」
社長不在となるが、会長の社長拒否の意向は変わらない。残っている仕事を目の前に「やるしかない」と兵庫さんが後を継いだ。 「17年の暮れに、山の中で社員に会社の内情を説明して、社長就任を宣言しました。『付いていきます』と言ってくれた若手社員、翌春の入社予定者も、会社の事情を知った上で入社してくれたので、彼らに勇気づけられました」
未来の森を守るために設備と人に先行投資
18年3月に代表取締役になった兵庫さんは、翌月には県の「意欲と能力のある林業経営体」に選定され、県内の造林や保育、伐採などにも積極的に携わった。 「うちは急傾斜地で高度な技術が求められる『特伐』(特殊伐採)が強み。特伐は父の得意分野であり、その技術継承が重要なテーマです。何百年先を見据えて森林を守るためにも、会社を拡大するより、少数精鋭のオールラウンダーの育成が重要と考えました」
これまでレンタルしていた重機を思い切って購入したり、国の林業経営体を対象としたキャリアアップ支援制度「緑の雇用」を活用したりするなど、設備と人に投資する。兵庫さん自身も森林施業プランナーや林業技士の資格を取得し、山林所有者との交渉や、技術者として現場作業の指示に当たった。
さらに一般向けに伐採見学会を開催し、地元の小中学校に出向いてゲスト講師をするなど、林業の魅力を伝える啓蒙(けいもう)活動にも積極的だ。全国展開する林業研究会の大井川支部にも参画している。こうした社内外の取り組みが評価され、20年には農山漁村女性活躍表彰(農林水産省)の全国森林組合連合会長賞を受賞した。 「女性が少ない業界だから、どうしたって目立ちます。それを逆手に情報発信して業界を盛り上げたい。100年先も地域に求められる企業であるために、今の社員らの働きやすい環境を整えるのが私の役目。林業の重要性を理解し、継続できる人材をいかに育てるか。それが最重要課題です」
会社データ
社名 : 株式会社兵庫親林開発(ひょうごしんりんかいはつ)
所在地 : 静岡県島田市若松町2733-1
電話 : 0547-39-3710
代表者 : 兵庫泉 代表取締役
従業員 : 6人
【島田商工会議所】
※月刊石垣2024年4月号に掲載された記事です。
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