いよいよ7月26日からフランス・パリで、オリンピックとその後に続くパラリンピックが開催される。各競技で日本代表選手の活躍が期待される一方、自社の高い技術を転用し、磨きをかけて世界で戦うアスリートを支えている企業がある。世界に発信する小さな地域企業の技術力を追った。
選手のためにベストを尽くし会社として利益も出していく
茨城県水戸市にあるアイムスは、義肢(義足・義手)装具の製作・販売を行っている。経営者2人、従業員3人の小さな会社だが、全員が義肢装具士の国家資格を有し、その技術の高さと使う人に寄り添う製作方針で、多くの義肢使用者の信頼を得ている。競技に義肢を必要とするパラアスリートのサポートを積極的に行っており、過去のパラリンピックにおいて、同社の義肢を使ったパラアスリートがメダルを獲得している。
使う人が満足のいく義肢づくりをするために
アイムスは、事故や病気などで手や足を失い、日常生活のために義手や義足、装具を必要とする人向けの義肢装具を製作、販売している。以前は地域の医療機関の患者向けにコルセット(治療用装具)を製作していたが、2015年に筒井仁哉さんと齋藤拓さんが入社してからは、義肢装具の製作が中心となり、加えてパラアスリート用の義肢も扱うようになった。 「私、筒井と齋藤はかつて、鉄道弘済会で数多くの義肢を製作していました。私が茨城県の担当として月に1回ほど水戸に来ていたとき、アイムスの経営者と知り合い、自分たちはもう引退するから、うちに来るなら自由にやっていいと言われたのです。私はユーザーさまと一対一で話し合い、時間をかけた丁寧な義肢づくりをしたいという思いがあり、齋藤は自分が理想とするスポーツ用の義肢づくりをしたいと考えていたこともあり、一緒に水戸に来ることにしました」
義肢装具士というと、義足や義手といった職人のイメージが強いが、使う人それぞれの体や要望、好みに合った義肢装具をつくるためには、コミュニケーション能力も大きく問われる。 「義肢装具の製作では、効率を重視して、足の型を採るのは資格を持つ義肢装具士が行い、つくるのは工場という分業制のところが多いんです。しかし私たちは、一人の義肢装具士がユーザーさまのお話を伺い、型を採り、製作してお渡しするまでを一貫して行っています。効率は悪いですが、この方がユーザーさまにご満足いただける義肢がつくれます。パラアスリート関連でアイムスを記事や番組で取り上げていただく機会が多く、私たちはスポーツ専門と思われてしまいがちですが、実際は一般向けの義肢装具の製作がほとんどで、スポーツ用は全体の1%以下でしかありません」
一般用もスポーツ用も義肢の構造は基本的に同じ
それでも同社がサポートするパラアスリートは他社に比べると多い。また、自転車やトライアスロン、陸上種目など競技もさまざまだ。 「私たちがつくるソケットは、一般用もスポーツ用も構造は基本的に同じです。スポーツ用は、素材の強度が高かったり軽かったりする程度です。あとは、競技で激しい動きをするために、フィット感の調節を細かく詰めていくくらいですね」と筒井さんは言う。
義足の場合は、切断された脚の断端を包むソケットの部分と、ソケットの下に接続し、膝やすね、足首などの役割を果たすパーツからなる。同社で製作しているのはソケットの部分で、そのソケットに市販のパーツを装着し、位置やバランスを調節して義足として完成させるまでを行っている。
ソケットを製作するには、まずギプス包帯で患部の型を採り、その型に石こうを流し込む。石こうが固まると患部と同じ形の石こうモデルが出来上がるので、少しずつ削って形を微 調整する。その石こうモデルに熱で柔らかくしたプラスチックをかぶせて密着させ、プラスチックが固まったものが仮合わせ用ソケットとなる。このソケットを脚にはめて問題がなければ、実装用ソケットの製作に入る。 「石こうモデルの修正が一番神経を使う作業で、技術者の腕の差が出るところです。ソケットの仮合わせでは、もし合わなかったらどうしようという不安で、毎回気持ち悪くなるくらい神経を使います。ここでうまくいかなければつくり直しで、費用も時間もかかりますから。これはスポーツ用も一般用も同じです」
何回も競技場に行き調節を詰めていくことも
ソケットづくりの次に重要となるのが、ソケットの下に取り付ける、膝や足首の関節となるパーツの位置である。 「ソケットから足の底までを結ぶ荷重線が重要で、私たちはこれをアライメントと呼んでいます。ソケットから下のアライメントを正しく組めていないと、体重がうまく地面に伝わらずに倒れたり膝がガクッと折れてしまったりします。教科書的な調節方法はあるのですが、私の場合はある日突然、アライメントの線が見えるようになりました。これは、以前の職場で圧倒的な数の義足をつくってきたからだと思います。スポーツ用の義足で一番重要となるのは、このアライメントなのです」
パラリンピック出場を目指すレベルのパラアスリートたちは、コンマ何秒というタイムを縮めるために必死の努力をする。そのため、足の力を地面や自転車のペダルに伝える義足のアライメントは、パラアスリートのパフォーマンスを大きく左右するといっても過言ではない。 「トップ選手となると、とても細かく点で合わせてアライメントを決めることもあります。私たちは選手の競技種目に合わせてアライメントを決めますが、選手によって走り方やスピードの乗せ方が異なるので、それに合わせて調節するために何回も競技場に行って、調節を詰めていったりもします。選手たちは自分の感覚で要望を言ってくることが多いので、それを頭の中で変換して調節していくのですが、やはり合わなくて元に戻すということもよくあります」
前回の東京パラリンピックでは、同社の義足や競技道具を使用して出場した選手は9人。それでも義肢を製作する会社の中では一番多いのではないかという。今回のパリ・パラリンピックでは、今年5月の時点で陸上で2人の選手が出場内定している。
会社の利益も重要だがもっと大事なことがある
「最初にお話しした通り、弊社でつくる義肢のうち、スポーツ用の義足は全体の1%以下でしかありません。とはいえ決してボランティアなどではなく、利益が出ることを重視しています。選手のためにベストを尽くしながら利益を出すには、ソケットづくりでミスをしないことです」
また、スポーツ用をつくることで、一般向けの製作に生かせる部分もある。スポーツ用のソケットは運動中に負荷が大きくかかるため、負荷がかかったときでも痛みを感じず快適に使えるようにつくられている。そのため、一般向けの義足を使用していて痛みを感じる人には、スポーツ用のソケットの形を参考にすることもある。 「やはり、スポーツ用でも一般用でも、ソケットの仮合わせでピッタリと合ったときが一番うれしいですね。私たちがつくった義足で選手たちがメダルを取ったり記録を更新したりすればもちろんうれしいですが、義足をつくるところまでが私たちの仕事で、その後は、選手たちを応援するくらいしかできませんから」
最後に筒井さんは、同社が会社として利益を上げることも重要だが、もっと大事だと考えていることがあるという。 「義肢装具士の業界全体で、より良い義肢をつくれる人がもっと増えたらいいなという思いがあります。そのために義肢装具士を養成する専門学校の実習生を積極的に受け入れているので、私たちの技術や姿勢を見せることで、多くのユーザーさまに良い義肢が届くようになればと思っています」
パラアスリートが競技用の義足を使い始めたのは1980年代半ばと、まだ歴史は浅い。同社は一般向けの義肢をつくりながら、パラアスリートのためのより良い義足づくりにも力を入れていく。
会社データ
社 名 : 有限会社アイムス
所在地 : 茨城県水戸市大塚町1912-2
電 話 : 029-254-2140
HP : http://aims.ne.jp
代表者 : 筒井仁哉 代表取締役
従業員 : 3人
【水戸商工会議所】
※月刊石垣2024年7月号に掲載された記事です。
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