6月初旬、AI向けの半導体を手掛ける米国企業・エヌビディアの株価は史上最高値を更新し、一時、アップルの時価総額を上回り、マイクロソフトに次ぐ世界第2位になった。同社の株価推移を見ると、世界経済のけん引役がスマホからAIへシフトしていることが分かる。
AIは多くのデータを解析することで、実際に起きた事柄に関して原因と結果を推論する。その推論によって、将来起きることや人々の望むものを予測する。それは、社会や経済の変化をより精緻に解析するのに大きな役割を果たす。AIの機能は社会にとって革命的な進化といえるだろう。そのAIを動かすためには、演算処理能力の高い先進の半導体が必要である。その半導体分野で圧倒的なシェアを誇るのが、エヌビディアだ。同社は、高速演算を支える“画像処理半導体(GPU)”市場でほぼ独走状態にある。さらに、同社はGPUなどの開発を進め、より汎用型の人工的な知能や、人工知能を使ったロボットなどの開発を目指している。
2008年9月15日にリーマンショックが起きると、世界経済の成長率は急低下した。そのころアップルはiPhoneを投入し、アプリストアの運営も強化した。スマホは、新しい産業を創出し、経済の下支え役を果たしたのだ。ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)が生まれたことは、その一つだ。世界的に“ギグワーカー”という新しい働き方も定着した。ところが、17年頃から徐々にスマホ需要は飽和状態に近づいた。それに伴い、現在、高い成長の期待はスマホからAI分野へ急激にシフトしている。
AIには、いまだ無限ともいえる伸びしろがある。現在進行形でAI分野は拡大中だ。AIにより、自動車の自動運転技術の開発は加速している。効率的な発送電、新薬開発、港湾などのオペレーション、生産プロセスなどのシミュレーションにも、AIの需要は急増している。世界のIT革命に重要な役割を果たしたビル・ゲイツ氏は、「AIは私たちが生きている間に目にすることになる、最も大きな変革だ」と評した。
AIの登場は、世界の産業界の新陳代謝を促進している。今後の競争激化に対応するため、多くの企業がGPUやAIトレーニングをサポートするソフトウエア(CUDA)の強化を急いでいる。それに伴い、AI分野の成長機会は加速度的に増加するはずだ。一つの例はデータセンターだ。AIの学習強化に欠かせないデータセンターの増加により、経済、安全保障、日常生活や教育などの分野でAI利用は加速する。
その一方、GPUは演算スピードが速いが、大量の電力を消費する課題がある。カナダの新興企業は、演算装置とHBM(広帯域幅メモリー、データ転送速度が速い記憶装置)の配置を工夫し、より高性能なAIチップの供給を目指すという。当該企業は、わが国のラピダスと協業し、チップレット方式(複数の汎用型半導体を組み合わせ、特定の機能を発揮する製造方式)でのAIチップ生産と低価格化も目指す。AIチップ分野での開発競争は激化すると見られる。発電技術の重要性も高まっている。米国ではAI需要の増加で、発電関連株が上昇した。
AI分野の成長加速により、今後、既存分野の産業構造が大きく変化したり、業界再編が加速したりする可能性は高まる。AI関連分野の成長機会を手に入れるため、いかに先端分野の設備投資や研究開発体制を強化することができるか。それが、個々の企業の成長力の強化につながり、さらには国の経済全体の活性化や成長性の向上に結び付くことになるだろう。AI関連分野への注力は必要だ。
わが国の企業にとって重要なことは、成長期待の高い分野で設備投資や研究開発を積み増し、ほかの企業がまねできない高付加価値の製造技術に磨きをかけることだ。政府の支援策の重要性も高まる。半導体工場・データセンターの建設ラッシュを成長産業の育成、中長期的な経済の回復につなげることが必要不可欠だ。(6月13日執筆)
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