業種を問わず、中小企業における人手不足は長年、懸案となっている。中小企業こそ、AIやDXなどの最新テクノロジーの導入による省人化に対応することを真剣に検討する時だ。
少子高齢化する漁業も水産資源も守る “大漁”より“最適化”を図る水産DXを促進
海上自衛隊の艦船や大型船舶に搭載される航海機器の保守・点検・整備事業を行っている佐世保航海測器社。その知見を基に、2017年に水産DXを目的とした別法人を立ち上げた。漁師の高齢化、漁業法改正を背景に、熟練の漁師たちの技術や経験、勘をデータ化。漁師の収益最大化と操業の負担大幅減を両立し、水産業の発展と、スムーズな技術継承をサポートする。
海難事故を軽減するシステム開発に挑戦
1889年に佐世保鎮守府が開庁し、軍港都市として発展した長崎県佐世保市。終戦後、海軍の軍需工場が解体され、失業した技術者らを募って、佐世保航海測器社は1950年に創業した。以来、防衛省海上自衛隊や海上保安庁の船艇に搭載されている航海・光学機器の保守整備事業を中心に業績を伸ばしてきた。 「創業75年、売り上げの約90%を防衛分野が占めています。安定した経営といえますが、柱となる事業が一つしかないリスクヘッジから、新規事業として救難位置通報システムの開発に着手しました」
そう語るのは代表取締役の水上陽介さんだ。船からの転落事故の人命救助率は50%ほどで、転落したのが護衛艦からとなれば、転落者が見つかるまで捜索は続き、捜索コストが膨大になる。そこで救助率を上げるべく救難位置通報システムの開発を進め、2020年にデモ版の完成までこぎ着けた。
同システムの仕組みは、事故発生時に小型端末機(子機)のSOSボタンが押されると、瞬時に船体に設置された通信機(親機)が情報をキャッチし、操舵室のモニターやタブレット端末に表示される。登録連絡先にも通知され、他船のSOSにも対応するという。 「海難事故だけではなく、急病人救助や災害、ウイルスや細菌の感染拡大防止などにも活用できるのではないかと考えています」
手書きの操業日誌から完全自動データ作成へ
さらに、ほぼ同時進行で進めたのが水産DXを目的とした別法人「オーシャンソリューションテクノロジー」(OST)の立ち上げだ。新規事業は、柔軟性とスピードが問われる。だが、佐世保航海測器社の独自の風土や事業形態も大切にしたい。事業展開の速いOSTの成果を、佐世保航海測器社の開発に還元できることも考慮しての決断だ。 「決め手は、一人のベテラン漁師との出会いです。若手漁師が漁を引き継ぐと漁獲量が半減し、年間売り上げ10億円が5億円にまで下がると悩んでいました。加えて、日本の水産業界は流通構造が複雑で、参入障壁が非常に高い。良くも悪くも鎖国状態でしたが、社会貢献、持続可能な事業として取り組む価値がありました」
17年にOSTを設立し、翌年の18年に開発したのが、漁業者支援サービス「トリトンの矛」だ。同年、管理漁業の推進を図るべく漁業法が改正され、小規模水産業者の漁獲量の報告が義務化された。漁師、漁協、そして自治体の事務作業の負担が一気に増え、その課題解決にトリトンの矛で切り込んだ。 「救難位置通報システムは大型船を対象にしていますが、トリトンの矛は漁船や小型船用です。過去の手書きの操業日誌をAIがデータ化し、航海ルートを自動的に作成します。アプリを開いてデータを打ち込む手間すらなく、蓄積されたデータから出漁日の潮流や水温、さらに㎝単位で測位できる日本の衛星システム『みちびき』の衛星データを反映して漁場を示せます。わざわざ海に出なくても漁獲可能量を想定でき、燃料コストの大幅な削減につながります」
ベテラン漁師の分身をつくり 「産地証明」でブランド化
だが、効率良く漁獲高を上げるAIツールではない。乱獲で市場価格が下がれば、巡り巡って漁業者の生活を圧迫する。水上さんは、トリトンの矛を大漁目的ではなく、操業データに基づく漁獲量の調整、産地証明によるブランディング、適正価格を導くツールであり、「ベテラン漁師の分身」と位置付ける。 「現役世代の高齢化が進み過ぎて若手を育てる時間も体力もありません。ベテランと若手をつなぐ技術継承ツール、コミュニケーションツールとしても有効です」
現在、複数の県と協力して実証実験を進めており、その先進事例に挙げたのが長崎県の小値賀島(おぢかじま)だ。 「離島の基幹産業である漁業が15年後には消滅の危機にあります。これは島文化の消滅を意味し、安全保障上のリスクも高まります。日本の海洋資源を、水産業と国防の両面で守る必要に迫られる中、自治体と漁協の協力の下、国の補助金を活用して小値賀島をはじめ各島の漁師さん約100人にトリトンの矛を使ってもらいました」
操業データはライバル船と共有されず、個別に管理される点など、勉強会を開いては漁師たちの不安要素を丁寧に払拭した。水上さんは足しげく現地を訪れては地域ニーズに耳を傾け、漁業者との信頼関係を築くことに注力。AI、DXの活路を開拓していったのである。 「持続可能な水産業の実現。それは水産資源だけではなく、漁業者の生活が守られる、適正な利益が得られるルールであることが重要です。産学官連携、そして消費者も巻き込みながら、大漁ではなく操業の最適化を軸に、海外展開も視野に入れた仕組みづくり、意識改革が急務です」と水上さん。多角的かつグローバルな視座で水産DXをけん引する。
会社データ
社 名 : 株式会社佐世保航海測器社(させぼこうかいそっきしゃ)
所在地 : 長崎県佐世保市三川内新町27-3
電 話 : 0956-30-8391
HP : https://www.kokaisokki.co.jp
代表者 : 水上陽介 代表取締役
従業員 : 40人
【佐世保商工会議所】
※月刊石垣2025年2月号に掲載された記事です。