地域企業の経営環境は厳しさを増すばかりだ。そこで、人口減や後継者不足といった共通課題に地域やほかの企業と一緒に取り組むことで問題を解決し、新たなビジネスと地域振興の可能性を見いだした企業の今に迫る。
ドングリから苗木を育て山に返す 森林保全に貢献する新体験を提供
和歌山県田辺市にあるソマノベースは「土砂災害による人的被害をゼロにする」をミッションに掲げ、山林活用支援事業などを展開するスタートアップ企業である。同社は、循環型の観葉植物栽培キット「MODRINAE」(戻り苗)を販売している。これは、ドングリから苗木を育て、山に返す体験型プロダクトで、個人や企業が森林保全に貢献できる新たな形として注目されている。現在、同社の活動に賛同している企業は85社、これまでに3000本以上の苗木を植林した。
豪雨の土砂災害で被災 防災や林業を学び起業
和歌山県南部に位置する田辺市は、世界遺産である熊野古道の入り口にあり、「口熊野(くちくまの)」とも呼ばれている。古くから林業が盛んな地域で、紀州備長炭のブランドで知られる製炭業も行われてきた。山林活用支援事業などを行うソマノベースは2021年、同市内に設立された。この社名は、木材を切り出したり運んだりする人を「杣人(そまびと)」ということから名付けられた。
代表の奥川季花(おくがわときか)さんは、同県那智勝浦町の出身で、高校生のときに集中豪雨による土砂災害で被災した。これを機に、災害で失われる命や地域をなくしたいと、防災やソーシャルビジネスについて、田辺市にある企業・中川で林業を学んだ。中川は、伐採された山に植林することを主とした育林業を行う林業ベンチャーで、代表者の中川雅也さんは田辺商工会議所とのつながりが深い。奥川さんも現在、同所で講演を行うなどしている。
同社は「土砂災害による人的被害をゼロにする」をミッションに掲げており、循環型の観葉植物栽培キット「MODRINAE」(戻り苗)の販売が主な事業である。これは、購入者に広葉樹「ウバメガシ」のドングリを苗木になるまで2年間育ててもらい、その苗木を返送してもらって、山へ植樹するというものである。育苗キットの中身は、国産木材の木鉢、ドングリ、専用の土などで、同社の木材製品などは、地元の工房と連携して製作されている。地域資源を活用することで、地域経済の活性化にも貢献している。
「商品の開発当初、最大の壁だったのは樹種の選択です。スギやヒノキなどの針葉樹は登録を受けた事業者が対象で、個人は育てることができませんので、広葉樹にしました」と言うのは、同社の企画・セールス担当、松下登志朗さんである。広葉樹の中でもさまざまな検討を重ねた結果、紀州備長炭の材料でもあるウバメガシとなった。
都会での育苗体験で森林と関わる意識に変化
「戻り苗」の購入者は、ドングリを専用の土に植え、水やりなどの世話をして2年間育てる。園芸の経験がない人でも、同社の公式LINEでサポートが受けられるため、安心して育てることができる。 「これは単なる観葉植物ではなく、苗を育てるという体験を商品にしています。だから、樹木医と連携したサポートがあるんですよ」と言う松下さん。利用者は2年間の育成期間を通して、苗木への愛着を深め、意識が変化していく。苗木の返送ではなく、自ら植樹を希望する人も多く、同社は植樹イベントを開催するなど、利用者からのフィードバックを基に、サービスを拡充している。
戻り苗は個人向けのクラウドファンディングでスタートしたが、その後、メディアなどで取り上げられ、企業からの問い合わせが急増した。現在は、JR西日本などの大企業を含む85社がこの制度を導入しており、これまでに約800人の個人を含む3000本以上が植林された。導入企業は、都会のオフィスで戻り苗を育てながら、森林保全について学ぶなど、社員研修やCSR活動に活用している。 「環境保全活動に力を入れたいけれど、具体的に何をすればいいのか分からなかった企業が、戻り苗を導入しています」と語る松下さん。同社は、森林に関する研修やワークショップも開催しており、育苗という体験を通じて、森林の重要性を学び、森林との関わり方を考える機会を提供している。
全国に広がる「戻り苗」 林業と他業界をつなぐ
同社の取り組みは、和歌山県内だけでなく、北海道や東京でも展開されているほか、全国各地の自治体などからも問い合わせが相次いでいる。自治体が企業や団体からの協力を得て森林整備を行う「企業の森」事業の一環として、また、昨年度から課税されている森林環境税の使い道として、導入が検討されている。いずれも、企業や市民が主体的に森林保全に関わることができる仕組みとして期待される。 「林業は専門的で閉鎖的な業界なので、戻り苗でその敷居を下げて、林業と他業界をつなぎたい」と、松下さんは意欲を示す。
同社は、林業や登山、キャンプなど、森林に関するあらゆる情報を集めるプラットフォームメディアを立ち上げており、今後はその運営を本格化させる。多様な情報を集約して発信することで、森林と関わる機会を増やしてもらうことを目指す。これからも、戻り苗を核として、森林と社会をつなぐ多様な事業を展開していく。
会社データ
社 名 : 株式会社ソマノベース
所在地 : 和歌山県田辺市新屋敷町80-6 東海ビル2階
電 話 : 080-1528-1207
代表者 : 奥川季花 代表取締役
従業員 : 4人
【田辺商工会議所】
※月刊石垣2025年4月号に掲載された記事です。