「大きなことをしたいと思って起業したわけではなく、大好きな徳島のユズを生かして目の前にいる人を笑顔にしたいという思いからなんです。そうすれば自分もうれしくなるし、使命なのかなと思ってやってきました」
こう語るのは、純国産材料だけを使ったゆずみそ「柚りっ子」など無農薬・無添加のユズ加工品を製造販売する「柚りっ子」創業者の三澤澄江さん。高校卒業後に就職した徳島県食糧卸協同組合に定年まで勤め、その間に結婚、3人の子どもを育て上げた。定年間際に夫をがんで亡くすという辛い経験もしたが、子どもたちも独立し、第二の人生に選んだのがゆずみそだった。
もともと趣味でつくっていたものを知り合いに配っていたところ評判になったのがきっかけだ。2004年、実家の物置を改装し、保健所の許可を取って鍋一つで個人事業主として起業。翌年に商品名を「柚りっ子」と商標登録した。ここには、「山の恵みをまちに、まちの優しさを山に互いにゆずり合おう」という願いが込められている。
放置されたユズで地域活性化目指す
「本格的に会社にしようと決意したのは、高齢化でユズの生産から手を引く農家さんが増えて、そこかしこに放置されているユズ畑を目にしたことでした。それがもったいなくて、地域のためにもなんとかしたいと思ったんです」
生産農家を訪ねると、高齢のために農薬も散布できずに放置されたユズはしみ傷だらけだった。しかし、無農薬だからむしろ安全だと三澤さんは思った。
「農家さんは無料でいいと言うんですが、こちらは商売にするのだからと、お金をお支払いしたらすごく喜ばれたんですよ。売りものにならないからと放置していたけれど、収益になるのなら育てる目標ができると。お互い利益になれば地域活性化にもつながります」
ここから、生産農家のためにも山に放置されているユズを全部使ってゆずみそを売ろうという意欲が湧いた。07年に法人化し、商品にも改良を加えていった。それまではごく普通に売られているユズとみそでつくっていたが、無農薬のユズの皮に果肉を加えてみると、風味も味も格段に良くなったのだ。さらに、みそや砂糖も国産で無添加のものにした。
改良された無農薬・無添加・純国産のおいしい「柚りっ子」は、徳島県産の食品として高く評価され、08年に県の特産品を県外に売り出す「阿波の逸品」特選に認定、09年には「優良ふるさと食品中央コンクール」において農林水産省総合食料局長賞を受賞した。
目の前の1人を笑顔にしたい
販路については、地元のほか東京に活路を求めた。目指したのは、こだわりの食品を扱うスーパーマーケットや百貨店だ。県のお墨付きもあり、全国の地域産品を扱う有名店に置いてもらえることになった。
月に何度も上京しては催事に立ち、直接お客さまに話しかけ試食してもらうと、1日で100個以上売れるようになる。やがて他店のバイヤーの目に留まり、東京だけでなく大阪の百貨店にも販路が広がっていった。
「大きな店は、催事で販売員がいるときはよく売れますが、いなくなると途端に売り上げが落ちるんです。ところが、小さな店では個数は少なくても、徐々に売れていくんですよ。日頃から、お客さまとのコミュニケーションが取れている店、それも商品をよく知る販売員さんがいるかどうかで違ってくることに気付いたんです。それはバイヤーさんも同じです。採算ばかりに気をとられず、商品の背景もきちんと捉えてくれる方に託したいですね」
13年には、インドネシアで開催されたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)一村一品運動セミナーに、日本を代表する女性起業家として招かれスピーチした。中小企業庁が企画したもので、「大きな利潤を生むよりも、目の前の1人を笑顔にする」という理念と地域活性化に力を入れる三澤さんの活動が評価されたことによる。
徳島のユズを国内はもとより世界に広め、「山を元気にしていく」ことが三澤さんを突き動かす原動力である。24年11月に代表取締役を後進に譲ったが、その情熱は今も衰えることはない。
(商い未来研究所・笹井清範)