商いの心と技 vol.55 傘に託す 100年の志

2025/6/15

会議所ニュース2025年6月1日号笹井清範

「傘を楽しむ文化のある世界」を目指し、お気に入りの１本の提供に努める柴田嘉和さん

福岡市の中心地・天神に広がる新天町商店街は西日本初のアーケード型商店街であり、１９４６（昭和21）年に戦後復興の象徴として博多商人たちにより創設された。現在、約１００店舗が並び、ファッションや雑貨、飲食など多彩な専門店が商っている。

そこに店を構える「しばた洋傘店」は１９０６（明治39）年の創業から実に１００年以上、雨の日も晴れの日も、まちの人々と共に歩んできた傘専門店である。その歴史は、単なる老舗という言葉では語り尽くせない。日々の暮らしに寄り添いながら、傘を通じて文化と美意識、そして商いの真髄を伝えてきた。

ものを大切にし人との絆を愛する

現社長の柴田嘉和さんは、46年に新天町商店街の誕生とともに生を受けた、生粋のまち育ち。大学卒業後は一度民間企業に就職したものの、家業の魅力に引かれて戻り、３代目として店を継いだ。

以降、同店の屋台骨を支えるだけでなく、新天町商店街の振興にも尽力してきた。新天町商店街公社の取締役として、時計塔の設置、地域の共同食堂の運営、音楽イベントの企画など、まちを元気にするさまざまな取り組みをけん引してきたのである。

「傘は、人生に寄り添う道具である」と柴田さんは言う。安価な量産傘が溢れる現代にあって、同店が扱うのは選び抜かれた品質と、手に取る人の心をくすぐるような一本。修理可能な構造を持つ傘を中心に扱い、破損した傘を「直して、また使う」という文化の定着にも貢献してきた。そこには、ものを大切にし、人との関係を大切にする商人の倫理が脈々と息づいている。

特筆すべきは、同店が展開する名入れサービスだ。傘の柄に手彫りで名前や言葉を刻むことで、傘は単なる道具から、贈り物や記念品としての価値を持つ特別な存在へと昇華する。名入れの文字は４代目を継ぐ子息・篤志さんによるもので、一文字ずつ丁寧に彫られる。そこには、ものの背後にある物語や思いをくみ取る力が感じられる。

このような商品とサービスを支えるのが、「Ｗｈｅｔｈｅｒ　Ｃｏｍｐａｎｙ（ウェザーカンパニー）」という同店のコンセプトである。

暮らしに寄り添う企業でありたい

これは「天気」を表わす名詞〝ｗｅａｔｈｅｒ〟と、「～であろうと、なかろうと」という接続詞〝ｗｈｅｔｈｅｒ〟をかけた造語で、「天気に関係なく、どんなときも人の暮らしに寄り添う」という意味が込められている。つまり、雨傘だけでなく、日傘、防寒グッズなど、天候に応じた多彩なアイテムを提供しながら、暮らしに彩りと安心を届ける企業でありたいという想いが、この言葉に凝縮されている。

傘という商品は、決して主役ではない。しかし、日常の暮らしの中でふとしたときにそっと寄り添い、守ってくれる存在である。

そのような傘に敬意と愛情をもって商うのが同店であり、柴田さんの商いの哲学である。売り上げ至上主義ではなく、顧客との信頼関係と、商品への真摯（しんし）な向き合い方が、長きにわたって地域に愛され続ける理由なのだろう。

さらに同店の存在は、商店街全体の風景づくりにも影響を与えている。単なる店舗の一つではなく、まちにとって必要な文化拠点の一つであり、柴田さん自身が地域の文化発信者として機能している。商店街の景観に合わせた外観の工夫や、店先に設けられた季節ごとのディスプレーなど、商人としての細やかな配慮がまちの風景をつくっているのだ。