時代がどんなに変化しようと、仕事や職場における基本は“人間関係”であるという点は変わらない。とはいえ、パワハラ、モラハラ、セクハラ……などが問題になっているように、会話の仕方や言葉の使い方は時代とともに大きく変化する。そこで、身近な人間関係を円滑にするコミュニケーションについて分かりやすく解説している公認心理師で産業カウンセラーの大野萌子さんに、今日から使える会話の極意について聞いた。
大野 萌子(おおの・もえこ)
一般社団法人メンタルアップ支援機構代表理事
コミュニケーションの変化はハラスメントとコロナ禍が要因
─近年、ビジネス現場のコミュニケーションでどんなところが変わったと考えていますか。
大野萌子さん(以下、大野) 根本的に大きく変わったと感じることは二つあり、一つはハラスメントの問題、もう一つはコロナ禍です。この二つによって言葉のすれ違いやトラブルを引き起こすケースが多く見られるようになりました。
─言葉のすれ違いは、どのように起こるのでしょうか。
大野 まず、コロナ禍を経て在宅ワークやフレックス制などが導入されたことで、それまで社員間で共有されていた予備知識や情報が入りにくくなりました。そこへ、ポンと仕事だけ振られても何を意図しているのか分からず、提出しても「こうじゃない」と言われてしまったりします。上司にしても、今までと同じように指示を出しているのに、出来上がってくるものが全然違うのでビックリするという話をよく聞きます。
―言葉が伝わりにくくなっているんですね。
大野 そんな状況でやり直しを指示すると、「最初からそう指示してくれればできたのに」という不満につながってしまう。人は分からないことに対して疑心暗鬼になりやすく、それがトラブルの原因になります。
―ハラスメントの問題とはどういうことでしょうか。
大野 パワハラなどは以前からありましたが、2022年に「パワハラ防止法」が全ての企業で義務化されたこともあって上司側からの「怖くて余計なことが言えない」などという声がものすごく増えました。そこへコロナ禍で職場環境が変わり、相手の状況がつかみにくくなっている中で、こんなことを言ったらハラスメントになるのではと神経質になっていると感じます。
―上司の側が対応に苦慮しているんですね。
大野 そもそも日本には察する文化というか、「これくらい言わなくても分かるよね?」という感覚があります。ところが、あいまいな言葉や態度では相手に伝わらず、誤解につながります。さらに同調圧力も強いので、自分の意見を言えない雰囲気があると、部下は言わない方が無難だと思って自己主張をしなくなります。するとますますすれ違いが生じて、何をどう言えばいいか分からないという状況に陥りやすくなっています。
ハラスメントの根本はコミュニケーション不全
―そもそもなぜ、ハラスメントは生じるのでしょうか。
大野 ざっくり言ってしまえば、コミュニケーション不全です。例えば、上司が部下に「手が空いたときにこれをやっておいて」と仕事を頼んだとします。部下は忙しくて手が空かなかったので、やりませんでした。しばらくたって上司が「あれ、どうなった?」と聞くと「まだやっていません」と。ここで「ずいぶんたつのに、まだやっていなかったのか」と言ったら、部下はハラスメントを受けたと感じる、というのはよくあるケースです。
―どちらにも言い分がありそうな事例です。
大野 これはハラスメントではなく、まさにコミュニケーション不全です。上司は頼んだ仕事がいつ必要なのかくらい分かっているはずだと思っているし、部下は部下で手が空かなかったことくらい見れば分かるのに、一方的に責められたと受け取ってしまう。こういうことが続くと、部下は「自分は上司から嫌われている」と思うようになり、何を言われてもハラスメントと感じてしまう恐れがあります。
―これは、どう伝えたらよかったのでしょうか。
大野 「手が空いたときに」ではなく「○○までにお願い」と具体的に指示するといいと思います。「すぐでなくてもいい」と気を使ったつもりが、かえって誤解を招く結果になりました。部下にしても「いつまでに必要ですか?」と聞かなかったことは怠慢です。もし、仕事がたまっていて余裕がないときは、その旨をしっかり伝えるべきです。互いにそうしたやりとりができていたら、部下がハラスメントを受けた、と捉える状況にはなりません。
―異性、特に女性の部下に対応する際の注意点はありますか。
大野 いわゆるセクハラに関しては、かなり注意喚起されるようになり、「これってセクハラにならないだろうか」と気にしている人なら基本的に大丈夫だと思います。女性が不快に感じることを言ってしまう人は、そもそもセクハラへの認識が乏しいことがほとんどです。せめて研修などでセクハラになる言葉とならない言葉の違いを知識として身に付けるといいと思います。
世代間ギャップを埋めていくには日常会話が必要
―大野さんは職場の世代間ギャップをどう見ていますか。
大野 最近特に感じるのは、就職氷河期世代を挟んで55歳以上と40歳以下の世代では、仕事に対する価値観に大きな隔たりがあることです。例えば営業職の場合、上の世代は「足を運べ」「数をこなせ」と言われて、それを実践してきました。接触回数を重視するため、コロナ禍でも会社に来ている者が偉いと考えがちです。一方、若い世代は情報収集やデータ分析などに主軸を置き、誰かに自分の時間を奪われることを嫌うためアクションを避ける傾向があります。発想が正反対なので、会話がかみ合わないことも少なくありません。
―よく聞く事例はありますか。
大野 先日聞いた話で、部下に「これお願いします」と頼んだら、「それって私の仕事ですか?」と言われて絶句し、「じゃあいいです」と自分でやったという例がありました。一方的に押し付けるとハラスメントと言われるのが怖いので、言えなくなってしまったわけです。
―この場合はどう対応すればいいのでしょうか。
大野 まず、部下が抱えている仕事がどういう状況にあるかを確認するのが先決です。他の業務もこなせる余力があるかを判断した上で、「これお願いします」と頼めばまったく問題ありません。
―世代間ギャップを埋めるためにどんな手立てがありますか。
大野 一つの方策として「ワンオンワン(1on1)」を取り入れる企業が増えています。上司と部下が1対1で行う定期的な面談のことで、うまくいっている企業もありますが、形骸化して「時間の無駄ではないか」という相談も増えています。上司側は一生懸命質問を考えて臨んでいるのに、「特にありません」みたいな答えしか返ってこないそうです。