4月初旬以降、トランプ米大統領は、強引ともいえる関税政策を次々と打ち出している。それに伴い、世界の自由貿易体制に大きな変化が起きることが予想される。今後の展開にもよるが、世界の景気を大きく下押しすることも考えられる。株式や為替、債券などの金融市場は不安定な展開となり、わが国をはじめ世界の主要国は対応に苦慮している。
トランプ氏の関税政策には、米国の製造業を復活させることが念頭にある。関税率を引き上げて、他国の有力企業が米国への投資を増やすことを促し、その後で、関税率の引き下げや景気対策により、米国景気を活性化する狙いがあるようだ。それによって、同氏は来年秋の中間選挙での勝利を目指しているとの指摘もある。ただ、そのもくろみ通りに米国経済が展開するか否か、不透明要因もある。米国内の製造業を復活させるには相応の時間がかかる。また、高関税の影響で景気後退への懸念が高まっており、物価上昇の圧力も残っている。株式や為替などが不安定化している状況下、米国の庶民は経済的な苦痛にどれだけ耐えられるか、予断は許さないだろう。
4月2日、トランプ氏は「米国産業が生まれ変わる日」だと宣言した。過去50年間、世界の自由貿易体制が強化されたことで、米国の製造業は衰退したとも述べた。米国の世論では、「関税政策で製造業を復活させるのは当たり前」との意見は多いようだ。そうした世論を背景に、同氏は農産品、デジタル家電に加えて、船舶、医薬品、半導体の関税を引き上げる方針を示唆した。世界の多くの国に追加関税をかけ、米国での生産を促すとしている。主なターゲットは、戦略物資の半導体と医薬品だろう。同氏は演説の中で、世界最大のファウンドリー(半導体の受託製造企業)である、台湾積体電路製造(TSMC)が2000億ドルの投資を表明したことを取り上げた。そして、TSMCは関税の支払いを避けるため米国に工場を建設すると述べた。今後、同氏は中国の半導体産業の成長を阻止するため、半導体製造装置の対中輸出を一段と厳格化するとみられる。さらに、米国で半導体生産を増加させるため、製造装置や部材に追加の関税を発動する展開もありそうだ。また、医薬品分野の関税政策も検討しているようだ。
これまで、人件費の高い米国で、在来型の製造業を活性化することは難しかった。米国の企業はモノづくりよりも、高付加価値のソフトウエア分野に人・モノ・カネの生産要素を集中した。ハードの製造は、コストの低い中国、韓国、台湾の企業に委託し、水平分業を加速させた。そうすることで効率を高め、米国の経済的繁栄を築いてきた。その結果、従来型の製造業の分野は海外へ移転することになった。2022年、TSMC創業者のモリス・チャン氏は、「主に人件費により、米国の工場で生産する半導体は台湾製より50%高い」と話した。トランプ氏は、関税政策でそうした動きを逆転させようとしている。言ってみれば、第2次世界大戦後、続いてきた自由貿易への歩みを変えようとしている。それは世界経済にとって重大な変化とみるべきだ。同氏は、意識しているか否かは別として、世界経済のレジームチェンジ(構造改革)を狙っているようである。短期的に、そのインパクトは莫大だ。
トランプ関税によって、これから鉄鋼やアルミなど基礎資材の米国の輸入価格は上昇するだろう。それは米国経済の効率を低下させることになり、物価の上昇圧力につながる可能性がある。米国の景気先行きに黄色信号がともりインフレ圧力が再燃すると、最悪のケースではスタグフレーション(不況下のインフレ高進)になることも懸念される。また、世界の企業にとって、米中の経済大国同士の対立先鋭化に対応することは、供給網の分断を招くことになりかねない。中国は報復措置の一環で鉱物資源の対米輸出を停止するなど、貿易戦争は激化している。トランプ氏の関税政策は、世界の自由貿易の瓦解につながり、世界経済を混乱させるリスクがあることを十分に理解しておく必要がある。 (4月12日執筆)