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まちの視点 地域の人々を守る

顧客のポストにはチラシお断りの一方で、「丸茂さんOK」の添え書き。同社が地元で特別な存在であることを示している

小さく、狭く、濃く、深くこれが地域密着に徹する中小企業の生き方と教わった事例がある。

関東地方に大雪警報が出たときのことだった。神奈川県大和市にある住宅リフォーム会社「丸茂工務店」の丸茂清和社長は、雪かき用のスコップを用意すると、顧客リストの上から順番に一軒一軒電話をかけ始めた。

「何か困ったことがあればいつでも連絡をください」と連絡を入れると、お客からは「丸茂さんがいるから大丈夫ですよ」と声をもらった。

予報通りに大雪が降り、翌日は玄関を出るのも大変なほど積もった。朝一番、丸茂さんはスコップを持って、店の近隣のお客のところから順に玄関の雪かきをしていった。近隣にはお年寄りの方の家も多い。せめて玄関前だけでもとスコップを動かし続けた。

半年ほどたったころ、あるお客から新規客を紹介してもらうと、お客は丸茂さんの顔を見るなり、「あっ、あのときの人ですね」と言った。「大雪の朝に玄関の雪かきをしていただいてありがとうございます。ぜひ、あなたにうちのリフォームをお願いしたい!」。

あえて商圏を絞り込む

丸茂さんは26歳で家業を継ぎ、下請け業者として新築物件を建てることから事業を始めた。しかし、元請けから言われたままにやる仕事に対して充実感を全く感じられなかった。

自分がやるべきことは何か─東日本大震災が発生したのはそんなときだった。まちが津波に飲み込まれていく映像をニュースで目の当たりにして、衝撃を受けた。ミッションが芽生えた瞬間だった。

「私を育ててくれた地域の方に、自分の技術を生かして安心して暮らしてもらえるように役立ちたい」という思いに至り、彼の取り組み方は大きく変わった。

商売はただもうかればいいというものではない。地域でずっと商売をさせてもらうのであれば、地域の人々を守るという思いをもって取り組まなければならないと考えた丸茂さんは、営業地域を決めた。「天変地異に備えて、地域に強風や大雨、洪水などなにかあったときに対応できるエリアは徒歩15分圏内が限界だ」と考え、あえて3500世帯という狭いエリアを商圏とした。

エリア内を歩いてみた。昔からなじみのある地域だし、近隣のことはたいてい知っていると思っていたが、自分は地域のことを何も知らないことを知った。

毎月のチラシで 己を知ってもらう

そこで地域のことをより知り、自社のことを知ってもらおうと、毎月一度、定期的に手書きのチラシを一軒一軒、自ら歩いて手配りを続けた。そこでは自己紹介や家族のこと、趣味や失敗したダイエットのこと、また仕事に対する思いなどをつづった。売り込みのないチラシを毎月ポスティングし続けた。

人は信頼できる人、好きな人からモノを買う。ポスティングの目的は人間関係づくりにある。まず、お客に商品を販売する前に、自身が信頼できる存在だと知ってもらおうと努めた。

しばらくしたある日、いつもポスティングしているお宅の郵便ボックスを観ると、「チラシ・勧誘印刷物・無断投函一切お断り」と書かれたシールの脇に、手書きでこう書かれていいた。「丸茂さんOK」

また、ある家にポスティングをしていたとき、「丸茂さんでしょ、待ってたのよ」と隣の家の人がリフォームの相談に乗ってほしいと声を掛けてきた。結果、大型リフォームへとつながった。

こうして業績は右肩上がりで伸びていった。「地域に愛される店でありたい。地域の方に必要とされる人でいたい」という丸茂さんの思いと行動は3500世帯に今も届けられている。

(商業界・笹井清範)

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