「僕には鳥の言葉がわかる」と言う人は、これまでファンタジーやスピリチュアルの文脈でしか登場してこなかった。しかし鈴木俊貴さんは、研究者として科学的に立証してみせた。言葉を持つのは人間のみ。そんな固定観念を根本から覆し、「動物言語学」という新たな学問を創設したのだ。
人には人の、鳥には鳥の「言葉」がある
人間以外の生き物とコンタクトを取る。それは、どんな特殊な道具や特殊能力を使っても、「信じるか信じないかは、あなた次第」に終始していた。だが、鳥には〝鳥語〟があることを、世界で初めて立証した人がいる。それが動物言語学者の鈴木俊貴さんだ。主な研究対象はシジュウカラ。シジュウカラ語の「ピーツピ」は「警戒しろ」、「ヂヂヂヂ」は「集まれ」、「ヒヒヒ」は「タカ」で「ジャージャー」は「ヘビ」であると突き止めた。シジュウカラは、鳴き声のレパートリーが鳥の中でも豊富で、200種類以上といわれている。これら全てに意味があり、理解できるとしたら、鳥を見る目、いや聞く耳が大きく変わってくる。
「そうなんです。まさに2025年に出した単著『僕には鳥の言葉がわかる』のタイトルが、当たり前の世界になる。そうなる未来に向かって研究しています」と鈴木さんは真っすぐな目で語る。鈴木さんの18年以上にわたる研究をまとめた一冊は、発売から約1年で20万部を超えるベストセラーになった。エッセー風の文体や、鈴木さんが自ら描いた挿絵の愛らしさも相まって、専門知識がなくてもすらすら読める。著書には、シジュウカラが単語と単語を組み合わせて「文法」を使うこと、言葉だけではなく羽のジェスチャーで「お先にどうぞ」と順番を譲ることなど、驚きの事実が次々と明かされる。さらに、シジュウカラの「ヂヂヂヂ(集まれ)」は、コガラでは「ディーディー」で、混群する鳥たちは、ほかの鳥たちの鳴き声を理解し、助け合って生きているというのだ。専門家たちですら目からうろこの事実を解き明かす研究は、苦労の連続と思いきや、鈴木さんはひょうひょうと語る。
「研究に努力も忍耐もありません。ずっと楽しいし、すぐにでも森に行きたいぐらい。論文を書くのも、寝食を忘れるぐらい楽しい作業です」
鳥語解明は1日にしてならず 気の遠くなる反復実験の連続
今やテレビやラジオ、SNSに講演会など、鈴木さんは各メディアに引っ張りだこだが、本来の活動拠点は森である。1年のうち半年〜8カ月間、長野県軽井沢町の国有林で、シジュウカラをはじめとする野鳥たちと過ごしている。最近は、2人以上でのフィールドワークも増えたというが、基本は単独。こうした生活を大学生の頃からずっと続けている。
「もともと生き物全般が大好きで、虫取り網を差したベビーカーに乗った、1歳半ぐらいの写真があるほどです。小学2年生の頃の作文には『将来の夢は生物学者』と書いていて、『ファーブル昆虫記』は夢中になって読んだ一冊です。人間以外の生き物が、この世界をどう見ているのだろう。それを知りたい気持ちがずっとあります」
図鑑を持ち歩く少年時代、図鑑に「昆虫の王様」と書かれていたカブトムシが目の前でクモに食べられている光景を目の当たりにし、鈴木さんは衝撃を受けた。母・幸代さんから「それなら(図鑑にその情報を)書き加えてみたら?」と促され、以後、図鑑の上書きを続けることになった。「図鑑=答え」ではないという発想は、この頃から培われた。高校生の時にお年玉で双眼鏡を買うと、バードウオッチングにハマり、鳥の研究ができる大学に進む。そして大学3年生の冬、国内有数の探鳥地である軽井沢で、鳥がほかの鳥たちに餌場を教えているとしか思えない光景に遭遇する。その中で鳴き声のレパートリーが多く、声の使い分けや聞き分けにもたけた、シジュウカラに的を絞って、鈴木さんの研究は始まった。
「それ以来、人よりもシジュウカラといる時間の方が長いぐらい」と笑う。
学者を目指していた鈴木さんは、将来を見据えて大学4年間で600以上もの英語論文に目を通し、自身も英語で論文を書けるスキルを磨いた。そして森に入れば、シジュウカラが目覚める早朝(夏は朝4時頃)に起床し、シジュウカラが眠る夜6〜7時以降に実験のまとめや準備をする。鳥が「集まれ」と伝えているかどうか確かめるため、餌皿を置き、観察し、片付ける。これを何カ月もひたすら繰り返す。「ジャージャー」がヘビという単語を立証するに至っては、約10年の月日を要したというからすごい。
鳥の観察は、息を潜めてじっと張り込むのではなく、1日15㎞も歩き回る。それもマイクやレコーダー、猛禽(もうきん)類の剥製(はくせい)、生きたアオダイショウなど大荷物を持って歩くこともあるそうで、なかなかの体力勝負である。
「シジュウカラはとても賢くて、スピーカーからの鳴き声や、ヘビなどのレプリカは1回しか通用しません。実験も思い通りにいくことばかりではないですが、そういう時こそ、新しい発見が隠れていることがあります。どんな実験も失敗じゃない。20年以上研究していても、今も新しい発見やドラマがあって、ワクワクすることの連続。森にいる方が忙しいぐらいです」
2000年にわたる「常識」は壮大な「勘違い」だった
そして、約18年の月日をかけた鈴木さんの研究成果をまとめた論文は、国内外で高く評価されていった。それは18年に米国の学術誌『科学アカデミー紀要』(PNAS)に掲載した論文の大絶賛から始まった。ここから国内外のメディア取材が一気に増え、22年、スウェーデンで開催された、動物行動学の大きな学会の一つ、国際行動生態学会の基調講演という大舞台で、鈴木さんは「動物言語学」を提唱した。会場は大きな拍手に包まれ、講演後は鈴木さんの前に長蛇の列ができたという。
「2000年以上前から、言葉を持つのは人間のみ、ほかの動物の鳴き声は、感情表現のみとされてきました。アリストテレスが唱え、チャールズ・ダーウィン、コンラート・ローレンツなど偉大な学者たちもその後に続き、誰も疑うことはなかった。でも、僕が見てきた森の中は、そうではありません。25年、英国の動物行動研究協会から国際賞をいただけたのは、僕の中での大きな出来事です。毎年世界で一人しか選ばれない賞で、鳥の言葉の解明と動物言語学の創設が評価されての受賞。賞を目標にした研究ではありませんが、素直にうれしいです」
鈴木さんの受賞は、アジア人初であり、歴代受賞者の中でも若く、学問の創設を40代で成し得たのは世界的快挙だ。動物言語学の研究は国内外で動き出し、鈴木さん自身もさらなるシジュウカラの動向を探っている。
「論文で発表しないと公言できないのですが、驚くような発見がいくつもあります。自然界は、まだまだ分かっていないことだらけ。僕自身、研究のゴールを決めず、行けるところまでアップデートし続けるつもりです」
動物の言語が解明されるたび、自然界と人類との関わり方が変わっていく。その関わり方は今よりずっと良好で、楽しいものに違いない。
鈴木 俊貴(すずき・としたか)
1983年東京都生まれ。東邦大学理学部生物学科卒業後、東邦大学大学院理学研究科博士前期課程修了、立教大学大学院理学研究科博士後期課程修了。京都大学白眉センター特定助教などを経て、2023年より東京大学先端科学技術研究センター准教授。シジュウカラの言語能力を発見し、動物の言語能力を探究する「動物言語学」を創設。国内外での受賞多数で、25年に英国の動物行動研究協会の最高位である国際賞をアジア人初受賞。著書『僕には鳥の言葉がわかる』(小学館)は、「書店員が選ぶノンフィクション大賞2025」を受賞
写真・後藤さくら
