「筋肉は裏切らない」。2018年に、ユーキャン新語・流行語大賞にノミネートされたフレーズのもと、NHK番組「みんなで筋肉体操」で一躍時の人となった、運動生理学者の谷本道哉さん。順天堂大学教授を務める今も、安全で効率の良い筋肉トレーニング法を探求し続けている。〝人生110年時代を目指す〟を研究テーマに、筋肉を味方につけて日々まい進中だ。
一冊の雑誌がきっかけに
「あと5秒しかできません」 「キツくてもツラくない」 「やるか、すぐやるか」
谷本道哉さんといえば、数々の名言と共に、筋トレを誘導する姿を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。2018年より放映のNHK番組「みんなで筋肉体操」で筋肉指導を務めたことで注目を集め、その後は各種メディアにも多数出演。筋トレ関連の単著、共著も数多く出版している。筋骨隆々のプロポーションは、学術的な理論に基づいて地道に鍛え上げたもので、「1日5分」といった短時間の筋トレであっても、とても説得力がある。何より谷本さんが楽しそうに体を動かす姿は、見る者の重い腰をスッと上げる。
「子どもの頃から体を動かすのが好きで、幼少時はブームに乗って、強くて大きなプロレスラーに憧れました。その影響で筋トレが日課になり、小学校3年生の時には親に鉄アレイをプレゼントしてもらって喜ぶ子どもでした。ドッジボールが得意で、同級生だった山崎一玄くん(元阪神タイガース投手)のいるクラスに勝ったのは、ちょっとした自慢話です」と笑う。
水泳やバレーボール、高校ではラグビーをやっていたが、再三肉離れを起こし、大学に入学して2カ月ほどでラグビーから遠ざかった。それでも体を動かしたかった谷本さんは、走らなくてもできるフルコンタクト空手(「寸止め」ではなく実際に打撃を当てる空手)に熱中した。総合建設コンサルタント会社に就職しても、筋トレと空手を続けたが、当時は日々残業続きの時代だった。それも深夜2時、3時まで働き、会社の床に段ボールを敷いて寝ていたという。
「50代の部長が仕事しながら、気絶したように眠っていたこともありました。そんな会社を辞めたい気持ちが高まる中、学生時代に学部がなくて諦めた運動生理学への興味が高まっていきました。そして、書店でふと手にした『月刊ボディビルディング』(体育とスポーツ出版社)に載っていた東京大学大学院助教授(当時)の石井直方先生の記事が、僕の人生を大きく変えます。生体のミクロとマクロの両方の視点で、筋肉の構造やトレーニング法がロジカルに説明されており、当時の僕には衝撃の内容でした」
この人に学びたい。その思いが谷本さんを突き動かした。
恩師との書籍から生まれた縁
仕事が終わる深夜から受験勉強を始めた谷本さん。そんな過酷な生活を約1年半続けて見事合格する。念願の石井先生の研究室の扉がついに開いた。
「石井先生の下、修士課程2年、博士課程3年の計5年間過ごし、06年3月に博士(学術)を取得することができました。先生との共著を15冊ほど出していますが、そのうち3冊は院生時代に書いたものです。もともと情報発信には興味があり、高校生の時にコピーライターになろうと思ったこともあるぐらい。書くことは今でも楽しい作業です」
この執筆活動が、NHKの〝あの番組〟を引き寄せた。国内フィットネス市場が右肩上がりの中、学術的根拠に基づいた筋トレを紹介する番組企画が舞い込んだのだ。
「石井先生との共著本を読んだNHKの制作班から声がかかり、局内コンペの段階から関わることになりました」
コンペが無事通り、18年に「みんなで筋肉体操」が始まった。
「市場がピークを迎え、楽をして筋肉はつかないことが広く認知され始めたタイミングでもありました。でも、運動生理学に基づいた筋トレは、たった5分でもしっかり筋肉を動かすので効果があります。放送翌日、筋肉痛で『立てない』『歩けない』といううれしい悲鳴が届きました」
メンタルにも病気にも「運動」は脈アリ
筋肉体操のせりふは、実際に筋トレをしながら考えるという。やらせる立場ではなく、自分自身が実践する立場にならないと生きた言葉にならないからだ。「やりなさい」ではなく、みんなで「やりましょう」という姿勢から、谷本さんの名言の一つ「あと5秒しかできません」が生まれ、X(当時ツイッター)のトレンドにランクイン。一気に番組が話題となる。
「流行語大賞にノミネートされた『筋肉は裏切らない』は、僕ではなく番組ディレクターが考えた言葉です。ただし、裏切らないかどうかはやり方次第。裏切らないようにするために、せりふや声かけのタイミングを工夫したというのはあります」
筋肉は何歳からでも、強く大きくすることができると断言する谷本さん。体は下半身から衰えるといわれているが、下半身の強化には「スクワット」が有効と説く。まずは1日1セット。お尻を後ろに突き出しながら、ゆっくりとしゃがむ。立ち上がる時に膝を伸ばし切らないのがポイントだという。
谷本さんの分かりやすい筋トレ解説は高く評価され、NHKの「筋肉アワー」や「ニュースーン」、テレビ朝日の「モーニングショー」など出演番組は増えていった。また、19年から環境省が事務局を務める、日本版ナッジ・ユニット連絡会議の有識者委員兼ナッジアンバサダーにも就任。ナッジとは「そっと後押しする」の意で、自宅で気軽にできる「筋肉元気体操」を提唱した。ほかにも、ロコモティブシンドローム(ロコモ)という運動器の機能が低下した状態を予防する筋トレや、スロートレーニング(スロトレ)を紹介。YouTubeの動画コンテンツも数多く、直近では順天堂大学のYouTubeチャンネルで、自重筋トレについて投稿している。
「排他的、利己的な考えが世界レベルで広がる中、穏やかで風通しのいい世の中にするには、まずは一人一人が健やかでないと。カラダ元気に! ココロ豊かに! です。大学では『人生110年時代を目指す』をテーマに研究を続けていますが、その一環で26年に『がんと運動ワーキンググループ』を立ち上げました。医師や研究者、トレーナーら約15人が参画し、治療と同時に運動をする大切さを伝えています。実際に複数の研究で、がんの発症リスクの軽減、治療や予後の改善が示されています」
そう語る谷本さんに、次女のエマちゃんが駆け寄ると、ヒョイと抱え瞬時にパパの顔になった。
「がんと運動ワーキンググループ」
谷本さんが取り組むWGでは、治療と併用した運動を推奨。
詳しくはWebサイトをご覧ください▶︎▶︎▶︎https://www.juntendo.ac.jp/admission/event/hss/kintore.html
谷本 道哉(たにもと・みちや)
運動生理学者
1972年静岡県生まれ。大阪大学工学部卒業。総合建設コンサルタント会社に勤務後、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。その後、国立健康・栄養研究所特別研究員、東京大学学術研究員、順天堂大学博士研究員、近畿大学講師・准教授を経て、2022年4月順天堂大学スポーツ健康科学部准教授、24年同教授に就任。日本オリンピック委員会医科学スタッフ、日本ボディビル連盟医科学委員、環境省日本版ナッジ・ユニット連絡会議有識者委員兼ナッジアンバサダーを務める
写真・後藤さくら

