日本を代表する音楽クリエイターの一人、ヒャダインさん。有名アーティストや人気アイドルグループに楽曲を提供するだけでなく、ゲーム・アニメソングも数多く手掛け、自らもアーティスト、タレントとしてマイクの前に立つ。2026年4月からは、テレビ東京系で放送中の経済トーク番組『カンブリア宮殿』のMCを務めるなど、活躍の場をさらに広げている。
米国旅行中に9・11に直面 音楽のプロを目指す
若者中心の音楽シーンに触れていなくても、「カンブリア宮殿」の二代目MCとして、ヒャダインさんを知る人は多いかもしれない。長らく作家の村上龍さんと俳優の小池栄子さんがMCを務めた、テレビ東京の看板番組。それを、作家の金原ひとみさんとのコンビで引き継ぐことになった。相当な覚悟が問われそうだが、ヒャダインさんは「緊張したことはないですね」と自然体で語った。
「経済産業省の方にインタビューされたことがあって、その記事を読んだ番組プロデューサーからオファーがありました。畑違いのお話で正直驚きましたが、ギャラをもらいながら各界トップの方にお会いできる。これまでラッキーなことは多々ありましたが、今回もその一つと思って、二つ返事でお引き受けしました」
そもそも「ヒャダイン」とは、人気ゲームソフト『ドラゴンクエスト』に登場する呪文の一つ。それも、あまり使われない不遇さに引かれて、自分の活動名にしたという。ピアノを始めたのは3歳と早いが、プロを目指したのは20歳を過ぎてからと遅めだ。
「吹奏楽部でしたが進学校だからか部員数が少なくて、少人数編成でピアノを弾いたりしていました」
自室で一人、シンセサイザーで遊ぶ方が好きだったそうだが、音楽は趣味でしかなかった。大学は京都大学に進んだが別段やりたいことがあったわけではなかったという。
「就活にも乗り遅れて、現実逃避で一人ニューヨークに2週間ほど旅行に行きました。帰国する日が9・11(同時多発テロ)と重なって、約1週間、帰るに帰れない状況の中、将来について考えました」
歴史的大惨事に直面し、たった一度の人生、やりたいことをやろうと腹をくくった。そして、出した答えが「作曲家として生きる」だった。
人生を切り開いたニコニコ動画の投稿
帰国するとすぐ行動に移し、週1回1時間の作曲家講座に通った。
「そこで『東京に行ってみたら』と言われるがまま、大学卒業後に上京して一人暮らしを始めました。音楽事務所に所属しましたが、曲の募集に応募してもなにも反応がなく、数年はバイト暮らしでした」
プロの道は甘くない。覚悟はしていたものの、なかなか芽が出ないことに自責の念にかられた。自分の実力を試す場を求め、〝市場調査〟として選んだのが動画投稿サイト「ニコニコ動画」(以下、ニコ動)だった。匿名で活動していたこの時の名前が「ヒャダイン」で、往年のゲーム音楽を編曲し、歌詞をつけて一人何役もの声色で歌った。すると3作目の投稿で、100万再生を達成。その後も快進撃を続けた。
「R&Bの作曲家を目指していたのですが、ニコ動でよりテンポの速いゲームやアニメの曲が向いていることに気づかされました。喜んでもらえる状況がとにかくうれしくて、週1回ペースの投稿じゃ足りないぐらい創作意欲が湧きました」
ニコ動でついた自信が、本名での作曲家活動にもいい影響を与えた。トントン拍子に仕事が決まり、なかでもテレビアニメ『ワンピース』の主題歌の作曲を担当したことが、大きな転機となる。
「コンペ方式で勝ち取ったもので、当時はまだ無名だったのですが、謎の自信がありました」と笑う。そして、その勘は見事に当たり、09年にヒャダインさんが作曲した主題歌、東方神起の「Share The World」は大ヒットし、オリコンシングルチャート1位に輝いた。
マルチに活躍する魔法
翌年の10月5日、前山田健一名義のブログで、自身がヒャダインであることを公表した。
「仕事が増えるとともに、ニコ動の投稿がおろそかになっていきました。当時、ニコ動の視聴者は、プロの参入を嫌う傾向が強かったのですが、今まで応援してくれたファンをないがしろにしたくなくて。それで事実をありのままに報告することにしました」
衝撃の事実はファンを大いに驚かせたが、多くが好意的に受け止めてくれたという。当時は嫌がられる傾向があった、投稿で収入を得ることをしていなかったことが理由と自身は分析するが、ヒャダインさんが紡ぐ作品の世界観に魅せられてきたファンは、そう簡単には離れない。それだけの実力と人気を、すでに兼ね備えていたと考えられる。
実際、ゆずやSMAP、椎名林檎さんやSnowMan、さらには大御所の郷ひろみさんやマツケンこと松平健さんなど数々のビッグネームの音楽制作に、前山田健一の名で関わってきた。
とりわけアイドルグループへの楽曲提供には定評があり、その筆頭がももいろクローバーZの「行くぜっ! 怪盗少女」。妹分ユニットの私立恵比寿中学、でんぱ組・incなどにも〝自己紹介ソング〟(メンバーの名前や生い立ち、人柄を巧みに歌詞に盛り込んだ楽曲)を提供。コアファンだけではなく、多くの人がメンバーを知るきっかけをつくっていった。
一方、自らも表舞台に立つ。ヒャダイン名義で11年4月にメジャーデビューすると、メジャーシングル1作目(通算53作目)の「ヒャダインのカカカタ☆カタオモイ-C」が、テレビアニメ『日常』のオープニングソングとして注目を集めた。聞きどころは、女性の声もヒャダインさんが担当したこと。これはニコ動の投稿で培ったスタイルだ。
リリースした曲は、どれも独創的で、笑いがあり、共感があり、中毒性がある。こうして作詞・作曲・編曲は実名で、アーティスト・タレントとしてはヒャダイン名義で、広くファンの心をつかんでいった。
「どっちも自分ですし、気持ちの切り替えも気負いもないです。曲づくりは、お題を細かく指定された方がつくりやすいタイプです。ヒャダインとしていろいろなメディアで得た経験が、曲づくりに生かせる好循環になっています。基本一人で盛り上がってつくっていますが、曲が売れたら僕の手柄と思うのは傲慢(ごうまん)でしかなくて、チームの総合力で得た結果です。だから逆もしかりで、自分一人が責任を負う必要もないわけです。そう考えを落とし込むのも、重圧に押しつぶされない僕なりの方法です」
音楽番組や15年以上続くバラエティー番組のレギュラーを務め、サウナ好きが高じてサウナ番組も担当する。そして今、カンブリア宮殿の顔となったヒャダインさん。時代の空気を読みつつ、抜群のワードセンスで人を笑わせ、和ませ、時に核心をついて、活動領域を広げている。
ヒャダイン
音楽クリエイター
1980年大阪府生まれ。本名は前山田健一。3歳でピアノを始め、作詞、作曲、編曲を独学で身につける。京都大学総合人間学部卒業後に上京し、本格的な作家活動を開始。ももいろクローバーZなどさまざまなアーティストへ楽曲提供を行う。自身もタレントとして活動。2026年4月から経済トーク番組「カンブリア宮殿」(テレビ東京系)のMCを務める
