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テーマ別誌上セミナー 「生誕180年記念」 渋沢栄一の理念と軌跡

事例2 不朽の名著『論語と算盤』の教えは地域に根差す信用金庫の経営に通じる

横須賀商工会議所(神奈川県横須賀市)

神奈川県横須賀市に本部を置くかながわ信用金庫理事長の平松廣司さんは、横須賀商工会議所会頭であり、渋沢栄一の『論語と算盤(そろばん)』の研究者としても知られている。平松さんは、渋沢の教えを地域金融機関である信用金庫の経営にどのように生かしているのだろう。

平松 廣司 ひらまつ・ひろし 横須賀商工会議所 会頭 かながわ信用金庫理事長。1972年三浦信用金庫(現かながわ信用金庫)入庫、2008年理事長に就任。13年より横須賀商工会議所会頭、日本商工会議所監事、14年より神奈川県信用金庫協会会長を務める。『論語と算盤』に関する講演、経済・金融をテーマとした講演なども多い。15年秋に黄綬褒章受章

渋沢栄一の教えを経営理念に生かす

─「かながわ信用金庫」の経営理念には、『論語と算盤』の考え方が生きているそうですね。

平松 当金庫は、「強くてやさしい信用金庫」「よろず相談承り信用金庫」になることを目指した経営を実践しています。地域のお客さまに安心して取引していただくためには「強い」信用金庫でなければなりません。強いとは財務内容が健全であること。当金庫は適正な利益を計上できる財務力と組織力、それらを支える人材力を備え、69期連続して黒字を続けています。

強い信用金庫を「算盤」とすると、やさしい信用金庫は「論語」です。当金庫は地域社会への貢献活動(CSR)に積極的に取り組んでいて、ボランティア活動の分野ではこれまでに「信用金庫社会貢献賞」のFace to Face賞2回、2017年には最高位となる会長賞を受賞しました。また、ボランティアサークル「ふれあい」は16年の秋の褒章で緑綬褒状(社会奉仕活動の功績に対する褒章)を受章しました。社会貢献活動は一例ですが、地域のお客さまに貢献するための努力を「やさしい」と表現しています。

─「よろず相談承り信用金庫」といえば、横須賀中央駅(京浜急行線)に近い三笠ビル商店街に「かなしん よろず相談承り処」があります。ここは、どのような場所ですか。

平松 どんなことでも一番に相談される信用金庫になりたいという願いから設置しました。営業店ではないし、相談は無料なので収益は上がりません。これも社会貢献の一環です。相談内容は住宅ローン、年金、資産運用、相続、贈与、事業承継のようなお金に関するものが多いのですが、お金とは関係のない相談も承ります。2階のセミナールームではいろいろなテーマでセミナーを開催していて、私も年に6回、『論語と算盤』に関するお話をしています。

漱石の『草枕』を読んで『論語と算盤』に出合う

─理事長と渋沢栄一との出会いを教えてください。

平松 私は47歳で役員になり、5年たって代表理事(会社の代表取締役)になりました。経営者の末席に身を置く者として、どうやって健全経営を実践していくのかを考え、まず、「智・情・意」を身に付ける必要があると思いました。智の知恵や知識は職員よりも長けていなければならないし、情の優しさ、意の意欲・意識がないと組織の代表として務まらないのではないか。そう考えたときにふと浮かんだのが、夏目漱石の『草枕』の冒頭の一節「智に働けば角が立つ。情に棹(さお)させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」でした。智・情・意とは、このことだなと思っていたときに、今度は『論語と算盤』に出合ったのです。幸田露伴が『渋沢栄一伝』を書くほど、渋沢栄一さんは昔から尊敬されている人でしたが、私が読み始めた当時は今ほどには知られていませんでした。『論語と算盤』を読んでみると、利益一辺倒では駄目だというような納得させられる言葉がいくつもありました。ちょうどそのころ企業の不祥事が相次いでいて、それが企業風土によるものか、経営者個人の理念によるものかを考えたときに、私は個人の理念が間違っているからではないかとの結論に至りました。そこで個人の理念が間違った方向へいかないように、どんな抑止力を持てばいいのか。また決定権を持つ者(経営者)として、人の意見に耳を傾け、広く物事を捉え、お客さまの立場で考えるにはどうしたらいいのか。私は渋沢栄一さんの考え方や『論語と算盤』に書かれている事柄のうち、抑止力としては論語、経営者としては算盤の考え方が教師になると思いました。

─日本の若い経営者の間で一時期、利益最優先の考え方がもてはやされました。『論語と算盤』とは真逆の考え方ですね。

平松 企業活動には利益を追求することのほかに、もう一つ必要なものがある。それが社会の一員としての企業という自覚です。特に中小企業や地域住民のための協同組織による地域金融機関である信用金庫は、地域経済の発展なくしては発展できません。

横須賀商工会議所の会頭としては3期目に入りましたが、商工会議所の役割も地域経済の発展、中小企業の発展です。信用金庫の理事長と商工会議所の会頭の目標・目的、経営理念は同じですね。

─渋沢栄一の好きな言葉を教えてください。

平松 いろいろあるのですが、

足るを知る、分を守るとは、活動を止めるというにあらず。人生の進取的目的に対しては、不断の欲望を持たねばならない

よく「身分相応」とか「身の丈」という言い方をしますが、それを人に強いると、現状にとどまって上を目指してはいけない、希望を持つなということになる。「身分相応」「身の丈」を渋沢さんは「足るを知る」「分を守る」と表現し、でも「活動を止めるというにあらず」と続けています。

信用金庫の経営に置き換えると、信用金庫の営業地域は一定の地域に限定されています。当金庫は神奈川県と東京都の一部がテリトリーであり、膨張拡大して全国を目指すことは絶対にありません。ですが、その中で小さくまとまっていればいいということでもなく、テリトリーの中で最大限お客さまの役に立つ存在になるための厚くて深い活動を続けていくことが重要です。

─2014年にかながわ信用金庫に名称を変更したのも、神奈川県というテリトリーの中で厚くて深い活動を行うためですか。

平松 14年1月に「かなしん」に変えた後、店舗がなかった県央地区に進出を決め、11月、四つの工業団地のある綾瀬市に綾瀬支店を出店しました。出店に際して綾瀬市長や市商工会長にあいさつに行くと、「かながわ信用金庫綾瀬支店でよかった。三浦藤沢信用金庫綾瀬支店では、どこに拠点を置く信用金庫なのか分からない」と言われました。名称変更の効果を実感しました。

金融機関は合併以外で名称を変えることはほとんどありません。しかし、私は人口が減少する中で、どうしたらお客さまを増やしていくことができるかを考えたとき、地域での存在力強化と営業エリアの広域化が必要で、金庫名も「発展的・創造的なイメージのある名前」に変えるべきだと思いました。

一方で、三浦藤沢信用金庫の良き伝統を継承するために、大きな「K」(かながわ)が小さな「mf」(三浦藤沢)を抱いた形のロゴマークとしました。名称とロゴマークは変えましたが、「人」を中心とするという考え方は変えていません。良き伝統を継承せよは渋沢栄一さんの教えでもあるのです。

10箇条の経営哲学に『論語と算盤』を反映

─理事長は10箇条からなる「私の経営哲学」(表参照)を定めています。この哲学にも『論語と算盤』が反映されているそうですね。

平松 役員に昇進するということは経営者になることですから、職員のときとはものの考え方・心の持ちようを変えてもらわなければ困ります。ではどう変えるべきなのかを言葉にしたのが10箇条です。渋沢栄一さんの言葉、『論語と算盤』『論語』などを読んで、そうだなと思ったことを信用金庫の経営に置き換えてつくりました。

─10箇条は一般企業の経営者の心構えとしても通用することですね。

平松 そうだとは思うのですが、違う考えの方もいると思います。例えば「⑩学閥、派閥を自らつくらないこと、入らないこと――」は、「そんなきれい事は通用しないよ」と批判されるかもしれません。私もお互いの距離が近い、考え方が近いことから学閥、派閥が生まれてしまうことは仕方がないし、良い点もあるとは思います。でも、何の考えもない人が集まり群れることには、良いことが一つもありません。だから渋沢栄一さんは財閥をつくらなかった。

それをわが身に置き換えてみると、学閥、派閥のような群れをつくらないという戒めになりました。若いときから群れに入ってしまうと、群れの長についていくことに慣れてしまい、自発力がなくなり、才能が開花しづらくなります。

─「⑤嘘(うそ)をつくな。隠し事をするな─」も、正論ですが実践が難しい。

平松 渋沢栄一さんは、「嘘偽りは世に存在を許さず」とはっきり言っています。経営していく上ではきれい事すぎるかもしれませんが、嘘を許していると経営がおかしくなります。嘘をつかない風土、偽りを許さない風土をつくるのは、信用金庫で言えば理事長職の仕事です。最大の経営危機は、業績の悪化ではなく、嘘偽りを許す会社になってしまうことです。

─理事長が目指す信用金庫の経営を一言で表すと……。

平松 利益を出すことを過剰に重視せず、軽視もせず、信用金庫の健全性を維持しながら、社会貢献にも利益の一部を使う。そういう経営を目指すべきだというのが、私の結論です。 ただし私自身、完全にできているわけではなく、奮闘努力をしている真っ最中です。

会社データ

横須賀商工会議所

所在地:神奈川県横須賀市平成町2-14-4

電話:046-823-0400

HP:http://www.yokosukacci.com/

※月刊石垣2020年3月号に掲載された記事です。

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