日本政府の対応に海外から厳しい目が注がれている。豪華客船ダイヤモンド・プリンセス号。世界の各地から集まった人々の夢を乗せた船が、一変して新型コロナウイルスの感染源となった。日本政府の対応を巡って、初期の対応や現場での隔離方法に過怠があったと非難されている。
▼海上の密室空間が、ウイルスとの闘いで、いかに不利な場所であるかは、百年前に経験済みだった。速水融『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』によると、日本の軍艦「矢矧(やはぎ)号」がスペイン風邪に襲われたのは、1918年のことである。シンガポールに停泊していた矢矧号は10人の罹患(りかん)者が出たことを知りながらも、そのままマニラに向けて出港した。この判断ミスが、後に乗組員の家族を悲しませることになる。料理人も感染したことで、飯と塩だけの粗末な食事となり、体力の低下はウイルスの感染拡大に拍車を掛けた。一週間後には、実に469人の乗組員中306人が罹患し、最終的な死亡者は48人に達した。
最新号を紙面で読める!