「老いていく」のは、どうやら人間だけではなさそうだ。多くの人が集まって暮らす「都市」もまた、年老いていく。大都市である東京の郊外には、高度経済成長期に建てられた築後50年近い集合住宅が散在する。老朽化した住宅は、若い世代に避けられ、次第に空き室が増えていく。人間が老いてもその営みは次世代に引き継がれるが、建物はただ朽ちていくだけだ。
▼こうした事態を避けるには、古くなった建物を建て替えればよいが、問題はそう簡単ではない。生活に余裕のない高齢層が居場所を失うためである。シリコンバレーでも、IT企業で働く高収入の従業員がどっと押し寄せたため地価や家賃が高騰し、高額の家賃を支払えない地元の人々が立ち退かざるを得なくなった。建て替えられた高級マンションの外観は立派だが、そこに住む人々はIT企業の高額所得者に偏り、社会の縮図とはいえない。
▼グローバル都市を目指す東京圏でも、将来、同じことが起こる懸念がある。長年暮らした地域から住民が強制的に退去させられることは市場の論理ではあるが、同質的な人々しか住まなくなった地域は活気を失い、徐々に自壊していく。都市はさまざまな人が雑居しているからこそ、社会を良くしようというエネルギーが湧く。そして、生活環境や所得の違いを超えてお互いを理解し、そうした人々の当事者であるという意識が生まれる▼都市が世代を超えて繁栄するためには、市場原理ではないルールが必要だ。例えば、同じ地域や建物に、年齢や所得の異なる人が住めるような割り当てをするような工夫があってもよい。市場原理だけに委ねない、都市を次の世代に引き継ぐための「老いない」都市づくりが必要である。
(神田玲子NIRA総合研究開発機構理事)
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