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コラム石垣 2018年4月21日号 宇津井輝史

桜が開花した地域とこれから開花する地域を結んだ境界に引いた線を桜前線と呼ぶ。春が忍び寄ってくると、縦長の日本列島を前線が北上する。むろん桜は気温に敏感なので、同品種、同地域でも土地の高低で開花期が違う。だから前線は、平地では水平に、山間では垂直に移動する。北上する前線を追えば長く桜を楽しめ、山の麓に暮らせば新緑に映える桜をずっと愛でることができる。こうして桜前線が各地に春の喜びを届ける。

▼今年は3月半ばに気温が急に上がり、前線の北上速度が増した。あれよと言う間の開花宣言。満開時期を見越して予定していたイベントが空振りに終わった地域もあると聞く。人間の事情に合わせて開花を待ってはくれないのが自然なら、桜の最盛期が開花から一週間というのも自然の生業である。慌ただしく散ってしまい、美しいときは短い。古来このはかなさが日本人を魅了し、いまも人々の心情の基底を成す。

▼はかないの「はか」は捗るの「はか」。「測る」の語源にもなり、本来は仕事量の単位だった。「儚い」の字をあてたのは日本人の感性である。世の無常をこの字に込めた▼色は匂へど散りぬるを、わが世誰ぞ常ならむ、と始まるいろは歌。十世紀後半の作と伝わる。すべては散り、常なるものはないとの意味である。十二世紀の鎌倉時代には、武士の身分を捨てて出家した西行が「世の中を思へばなべて散る華を」とわが身の儚さを詠んだ。晩年には、桜の花の下で死にたいという心情まで歌に託した。

▼儚さは虚しさではない。自然の運行の前で人は常に謙虚たれという、西洋風の神なき国の一種の倫理観だったのではあるまいか。桜を愛でる心は、むろん隠蔽や改ざんなどと無縁である。

(文章ラボ主宰・宇津井輝史)

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