魚介の宝庫として知られる有明海に面した福岡県柳川市で、海産物や農産物、珍味などの製造・販売を手掛ける高橋商店。同社が平成20年に発売した液体ゆずこしょう「ゆずすこ」が、口コミの広がりで売れ行きを伸ばし、累計180万本を売り上げるヒット商品となった。九州では一般的な調味料であるゆずこしょうを、液体化しようと思い立ったいきさつとは――。
消費者の声を反映し使い勝手の良さを追求
九州の一部では唐辛子を「こしょう」と呼び、一般的なこしょうは「洋こしょう」と呼んで区別する。そのこしょう(唐辛子)を粗く刻み、すり潰したゆずの果皮と一緒に塩漬けにして熟成させたものがゆずこしょうだ。九州では古くから薬味として用いられてきた。
高橋商店は、そんなゆずこしょうを長年製造してきたメーカーの一つである。同社はもともと、珍味とされるタイラギ貝や海茸を粕漬けにした「有明漬」を扱う専門店で、創業当初から原料にこだわったものづくりを心掛けてきた。そのためゆずこしょうには、宮崎県西都市東米良産のゆずと宮古島産の青唐辛子を使用。十分に熟成させることにより、辛さの中にもうま味があると消費者の評判も上々だった。そうした中、時折「もっと使い勝手が良くならないか」という声が届くようになる。
「例えば、『鍋やうどんの汁に溶くとき、ダマになって混ぜにくい』といった意見です。それも1件や2件ではありませんでした。そこで、改善策を考えることになったんです」と同社社長の高橋努武さんは語る。
最初、容器を瓶からチューブにする案が出たが、すでにチューブ入りのゆずこしょうが市販されていると分かり断念。混ぜやすさなら液体が最適ということになり、平成18年、開発に乗り出した。
販路を限定して商品の希少性を高める
液体化といっても、ただ水に溶くだけでは意味がない。そこで多くの液体調味料を調べてみたところ、そのほとんどに酢が使われていることが分かった。酢には抗菌作用に加え、素材の味を生かす働きがあるので、酢で溶いて味わいを引き出そうと考えた。しかし、ゆずの香り、唐辛子の辛味、酢の酸味のバランスをとるのが難しく、苦戦を強いられる。
「素材が2つならさほど難しくありませんが、3つとなると話が違う。イメージした味がなかなか出せず、全国から100種類以上の酢を取り寄せて試作を繰り返しました。弊社のゆずこしょうは他社と比べて辛味が強いので、それに負けないくらい酸度の強い酢と熟成度の高い酢をブレンドして使うことで、ようやく落ち着きました」
1年近い試行錯誤の末、味が決まった。商品名は社員の提案により、ゆずと酢とこしょうの頭の文字をとって「ゆずすこ」に決定。使いやすさを追求した結果、現在のボトルデザインが採用された。
「当時、液体ゆずこしょうはまだ市場にない商品でしたから、必ず『どう使えばいいのか』という問い合わせが来ると思い、いろいろな食べ方を試してみました。その結果、鍋や汁物、パスタ、ピザ、焼き鳥、餃子、冷ややっこなど幅広い料理に合うことが分かり、薬味としてではなく『調味料』を前面に押し出すことにしました」
平成20年に販売をスタート。すでに同社のゆずこしょうは全国のスーパーで購入できるものとなっていたが、同商品はあえて販路を限定し、自社ネット通販サイトと自社売店での取り扱いにした。大量生産ができないということもあるが、九州でしか扱っていないという希少性を高めることが大きな狙いだった。この戦略が逆に話題を呼び、地元新聞やテレビで紹介されるようになる。それにつれて売れ行きを伸ばし、初年度は予想を上回る7万本を売り上げた。その後、ユーザーの口コミがネットで広がり、有名主婦ブロガーが取り上げたことで人気に火がついて売れ行きが急増。今では本家のゆずこしょうを超える、累計販売数180万本という堂々たるヒット商品に成長した。
苦境があったからこそ生まれた発想と新方針
絵に描いたような成功物語のようだが、同社にはかつて苦境に立たされた時期があった。平成12年7月、高橋さんが社長に就任したわずか11日後に、億単位の売上があったそごうグループが民事再生法を申請したのだ。 「忘れもしません。当時33歳で、社長の何たるかも分かっていなかった私に突然、経営再建という課題が突き付けられました。頭の中がパニックになりながらも、ここは初心に戻って地元に目を向けようと思いました。柳川市は年間100万人以上が訪れる観光地で、名産品はたくさんありますが、土産品として認知されているものは少ない。そこで、弊社の敷地に売店を設け、自社商品を柳川土産とアピールして販売することにしたんです」と振り返る。
当初の売上は微々たるものだったが、地元の観光協会に加盟し、旅行会社や空港の売店に足を運んで、粘り強く営業をかけた。その結果、ある旅行業者の指定土産店となったことで、年間10万人以上の観光客が同社売店を訪れるようになる。その売上は年間1億4~5000万円まで上昇した。 また、それと並行して始めたのが、毎週月曜日の商品開発・改良会議だ。各部署の現場担当者を集め、ユーザーの声や現場の意見、新商品のアイデアなどをじっくりと話し合う。それまでは年1、2回の実施だったが、「お客さまのニーズを知るには現場の声を聞き、それを皆で共有して、商品開発や改良に生かすことが必要」(高橋さん)と考えたからだ。
「そごうの件がなければ、会社の敷地内に売店をつくったり、毎週会議を行うこともなかったでしょう。『ゆずすこ』だって生まれていませんでした。そう考えると、苦境に陥ったときに、それをどう捉えるかが大事。弊社もそれまでのやり方を見直す機会と捉えたことで、今があるんだと思います」
危機を乗り切ってからは安定した経営を続け、ヒット商品も生み出し、それを海外16カ国に輸出するまでになった同社。これからもさらなる柳川土産の開発を期待したい。
会社データ
社名:株式会社高橋商店
住所:福岡県柳川市三橋町垂見1897-1
電話:0944-73-6271
代表者:高橋努武 代表取締役社長
創業:昭和35年
従業員:50人
※月刊石垣2015年1月号に掲載された記事です。
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