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真壁昭夫の経済底流を読み解く スイス国立銀行の敗北とわが国への教訓 日銀の政策効果への影響とは

1月15日、スイス国立銀行(SNB)は突然、2011年9月以来、約3年4カ月維持してきた1ユーロ=1・2スイスフランの為替上限レートを撤廃すると発表した。今回の発表は多くの市場参加者にとって予想外の出来事だったため、為替や株式などの金融市場に大きな影響を与えた。

もともと、SNBが設定した対ユーロの為替の上限は、リーマンショックやギリシャ危機などでスイスフランが安全通貨として買われ、上昇基調が鮮明化したことに歯止めをかける措置だった。これは、スイスフランが過度に強くなると、輸出依存度の高いスイス経済に深刻な悪影響が出ることを懸念して設定されたものだ。SNBは当該為替レートを維持するために無制限に介入を行うと宣言したこともあり、当初は相応の効果を上げることができた。逆に言えば、市場参加者の多くは、SNBの宣言を尊重する姿勢を示したことになる。

ところが、最近、ギリシャ問題の再燃やユーロッパ中央銀行(ECB)の金融政策などの影響でユーロの先安観が台頭して、これ以上介入しても為替レートの維持が難しいとの判断に至った。ありていに言えば、SNBが為替介入について白旗を掲げたことを意味する。

今回、SNBが実質的に為替レート維持を放棄した意味は決して小さくはない。通貨を発行できる中央銀行でも、金融市場でできることには限界があることが明らかになったからだ。

本来、SNBがスイスフランを発行して、それで「スイスフラン売り・ユーロ買い」のオペレーションをすれば、理屈の上では、設定した為替レートを維持することができるはずだった。しかし、実際には為替市場でユーロの先安観が強く、スイスフランに流入する投資家の資金が増加した。その資金の流れに、SNB単独で対応することが困難になったのだ。その結果、いかに中央銀行であっても、金融市場において万能ではない、ということが露呈したのである。

発表当日の金融市場では、突然のSNBの発表により、一時はスイスフランが対ユーロで30%以上も上昇した。その変動は、今までにほとんど経験したことのないような振れ幅だった。大手投資家の中には、今回の措置で多額の損失を被ったケースもあるようだ。それに伴い、多くの投資家は保有するリスク量を減らす〝リスクオフ〟に走り、為替や株式などの金融市場が不安定化する場面もあった。また、スイスフランと並ぶ安全通貨といわれる円も買われた。その背景には、ヘッジファンドなど大手投資家がリスクオフに走り、今までドル買い・円売りをしていた投資家が、持ち高の巻き戻しに動いたことがある。つまり、今まで買っていたドルを売り、売っていた円を買い戻したため、ドルが下落する一方、円が上昇したのである。今後、さらに為替が円高に振れれば、わが国の輸出企業の業績にマイナスの影響が出ることも懸念される。

もう一つ無視できないポイントは、「SNBの政策に限界があったということは、日銀の政策も同様ではないか」との疑念が広がることだ。足下では、各国の経済や中央銀行の規模の違いによって、政策効果のマグニチュードが異なる。そのため、すぐに日銀の政策効果について議論されることは考えにくい。

ただ、SNBの発表をきっかけに、為替市場が予想外の動きをすることも考えられる。それは、わが国の経済政策の運営にも影響を与える可能性がある。現在のアベノミクスは、日銀の金融政策に対する依存度が極めて高い。そのため、日銀の金融政策の有効性に疑問符が付くようなことになれば、その影響は小さくはない。日銀と同じように為替レートと国内のデフレ傾向と戦ったSNBが敗北したことは、わが国政府の政策運営に対する信頼性を低下させるとも考えられる。そのマイナス効果が顕在化すると、経済の本格的な回復のために残された時間的余裕は少なくなる。長い目で見ると、そのリスクは小さくはないかもしれない。今回のスイスのケースは、わが国にとっても重要な教訓となるはずだ。

まかべ・あきお 1953年神奈川県生まれ。76年、一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。83年7月ロンドン大学経営学部大学院卒業。メリルリンチ社ニューヨーク本社出向などの後、市場営業部、資金証券部を経て、第一勧銀総合研究所金融市場調査部長。現在、法政大学大学院教授。日商総合政策委員会委員。『はじめての金融工学』(講談社現代新書)など著書多数。

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