大きな予算は掛けられないが消費者が興味を持ち、思わず欲しくなる商品を開発したい……。「デザインの力」に可能性を見つけ、それを取り入れることで自社の商品に新たな魅力を吹き込み、業績を伸ばしている企業の戦略に迫る。
総論 デザインはものづくりの基本となる思考法
名児耶 秀美(なごや・ひでよし)/アッシュコンセプト代表取締役
デザインの優れた商品が注目を浴び、売れるケースはよくある。では、実際に自社商品のデザイン力を高めるにはどうしたらいいのか。これまで数々のヒット商品を生み出し、中小企業や産地に〝売れる仕組み〟をプロデュースしてきたデザイナーの名児耶秀美さんに聞く。
安価な海外製品に勝つための決め手
デザインとは何か。辞書を引くと、「意匠計画。製品の材質・機能および美的造形性などの諸要素と、技術・生産・消費面からの各種の要素を検討・調整する総合的造形計画」(広辞苑・第六版)とある。要するに〝見た目の形〟だけでなく、生産や技術、売り方に至るまでをトータルに創造することなのだ。
「〝デザイン〟と〝アート〟は混同されやすいのです。アートというのは自己主張を表現したもの。一方、デザインは、使う人が喜ぶものをつくろうとすることです。日本人には相手を思いやるDNAが深く刻み込まれているので、非常にデザインに向いています。それを早く自覚して、活用しなければもったいないと思う」と名児耶秀美さんは語る。
ところが、そうしたすばらしい資質を持っているにもかかわらず、形ができあがるまでの〝目に見えない活動〟に費用を掛けないのも日本人の特徴だという。デザインとは、ものづくりの基本となる考え方なので、それに携わる経営者、技術者、営業担当者がプランを立て、きちんと予算に組み込むべきだと名児耶さんは力説する。
「私がこう考える大きな理由は、他社商品と差別化できれば高値でも売ることができるから。例えば、当社が初めて世に出した『アニマルラバーバンド』というカラフルな動物形の輪ゴムは、24匹で500円と高価格にもかかわらず、世界中で2000万個超を売り上げています。普通の輪ゴムなら1箱に100本入って100円でしょう。このようにデザインが魅力的で価値を認めてもらえれば、高くても売れるんです。中小企業が安価なアジアなどの海外製品に勝つには、デザインが決め手になるといっていいでしょう」
強みを生かし、買う人の喜ぶ顔をイメージする
では、具体的にデザイン力を高めるにはどうすればいいのか。一つ目のポイントは、「強みを生かす」。その好例として、東京・墨田区にある老舗のあめメーカーがある。
「かつてこの地域に350軒以上あった同業者が次々と廃業していく中、ここは手づくりにこだわって経営を続けてきました。でも扱っているものにはイチゴやソーダ味といった駄菓子屋で売るようなあめもあり、『もっとほかにないのか』と社長に聞くと、『うちはニッキあめから始まった』と言う。食べてみるとすごく懐かしい味で、しかもおいしい。『これを看板商品にしよう』と提案しました。さらに古い中にも新しさを出そうと、唐辛子を入れてみたり、食感を柔らかくしたりとアイデアを出して、最終的にストロング・ミディアム・マイルドの3種類をつくりました。パッケージも中身が見えるようシンプルにし、『やさしさ しびれる』というキャッチコピーで買う人の心に訴えました」
また、販路も従来のスーパーや菓子店から、ミュージアムショップなどにシフトした。味がよければ高くても売れるからだ。そこで原価を計算の上、1袋350円で売り出したところ、好調な売れ行きを維持しているという。
さらに、「喜ばせたい人をイメージする」ことも重要だ。香川県東かがわ市にある革製品メーカーは、革製手袋で創業後、他社との差別化を図って財布や小銭入れなどの革製小物をメーンに展開していた。しかし、名児耶さんが初めて訪れたころは苦戦していたという。
「10年ほど前に初めてこの会社を訪れたとき、真っ先に目に入ったのが、人の顔がプリントされた革の財布でした。社長に『どうしてこれをつくったの』と尋ねると、『今流行(はや)っていると聞いたから』と言う。『じゃあ、あなたはこの財布を買いますか』と聞いたら、『そんな考え方をしたことがなかった』と。つまり、どういう人たちに買ってもらい、喜んでほしいかという明確なイメージがなかったんです」
以降、この会社はユーザーを想定して試作し、従業員自らがモニターを務めて「これなら買いたい」と思ったものだけを商品化した。すると次第にブランドは成長し、売り上げも上昇していった。この4月には工場兼デザインショップをオープンし、つくり手の顔が見える店として注目を集めている。
産地に人を呼ぶこともできる
「デザイン力」というと、素人にはハードルが高いと感じるかもしれない。しかし、自社の強みに着目し、買う人の喜ぶ顔をイメージすれば、商品を通じて何を伝えたいかが見えてくるのではないだろうか。これがデザインの原点となる。もし難しいようなら、外部からプロのデザイナーを招き、一緒に考えるのも手だ。デザイナーと出会う方法は色々ある。最近各地で増えているメーカーとデザイナーをマッチングする取り組みを利用したり、過去の作品や実績などを参考に、感覚の合いそうなデザイナーに直接アプローチするのもいいだろう。すぐに結果は出ないかもしれない。しかし、焦らずにやり続けていれば、その会社ならではの強みを生かしてアピールするものづくりが実践できるようになると名児耶さんは言う。
「日本人デザイナーの海外における活躍で、日本のデザイン力やものづくりは、今や名実ともに世界のトップクラスです。世界中の人は日本のものが大好き。ところが当の日本人がそれを知らず、プライドも持てていません。ですから中小企業や産地はもっと自信を持って、内に秘めたデザイン力を発揮し、国内外を問わずどんどんアピールしてほしい。そうすれば単に商品が売れるだけでなく、それを求めてわざわざ向こうから足を運んでくれるようになります」
20世紀は技術・品質型のものづくりが主流だったが、それが成熟した21世紀は創造力のものづくりへと確実に移行している。今こそ、デザイン的思考法に切り替えるときではないだろうか。
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