事例1 ブランディングを通じ認知度を高めた「山形緞通」
オリエンタルカーペット(山形県山辺町)
山形県山辺(やまのべ)町のオリエンタルカーペットが製造する手づくりじゅうたん「山形緞通(だんつう)」は、皇居新宮殿やバチカン宮殿に納入されるほどの高い技術と伝統を誇っている。そんな同社が、世界的な名声を持つ工業デザイナーの奥山清行氏をはじめ、さまざまなデザイナーとコラボレーションし、新たな分野への進出を試みている。
女性が働ける仕事を目指し昭和初期に起業
じゅうたんの語源は、中国語の地毯(チタン)、緞通は同じ中国語の毯子(タンツ)といわれていて、日本では緞通は高級手織りじゅうたんのことを指す。その歴史は古く、およそ3000年前に、現在のイラン周辺で「パイル(表面に出ている毛足)のあるカーペット」がつくられはじめたといわれている。国内では17世紀末の元禄年間に九州の鍋島藩へその製法が伝わり、それが赤穂、堺などに広がっていった。
『山形緞通』の発祥は、この流れとは異なる独自のものだ。昭和10年、オリエンタルカーペットの創業者・渡辺順之助氏が、中国の北京から7人の緞通技術者を招聘(しょうへい)し、山形県山辺町で全く何もないところから興したものである。当時、昭和恐慌や凶作のため、山辺町あたりは非常に疲弊していた。その地域を何とかしたい、それも女性の働き場をつくりたいという思いで緞通織りという新しい産業に賭けたのだ。ちなみに「山形緞通」というのは、オリエンタルカーペットが名付けたブランド名でもある。「昭和初期、じゅうたんは日本でも高級品で、景気の波に左右されないんじゃないか、そんな考えがあったのだと思います。しかも、この地は染めと織物が盛んなところだったので、じゅうたんづくりの素地があったのでしょう」と創業者の孫で五代目社長の渡辺博明さんが説明する。
同社では紡績(糸づくり)から染色、織り、仕上げの艶出し加工まで、全て人の手による一貫管理体制の下でじゅうたんがつくられている。
「苦しい時期もありました。太平洋戦争の影響で一時中断していた事業を再開したのが昭和21年6月。当初は原料の羊毛がないため葛(くず)の根から糸をつくり、じゅうたんを織り上げ、進駐軍マッカーサーの司令室に納めるなどしていました。その後、羊毛は確保できたものの、国内は不況で需要もそれほど多くなく、23年から対米輸出を開始。日本が経済成長期に入ってからは、43年の皇居新宮殿への納入をきっかけに、国内向けの生産に力を入れていきました」
知ってもらい、使ってもらう
しかし、右肩上がりだった日本経済はバブルの崩壊、リーマンショックなどを経て、低成長期を迎える。「良いものはぜいたく品だと思われ、低価格の輸入品などに押されるようになりました。しかも大規模建築物の内装を事業の主体としているわが社にとって、建設不況は大打撃。『山形緞通』を前面に押し出したホームユースの方向性を探ることが必要でした。いいものをつくっているだけではなく、知ってもらい、使ってもらわなくてはダメだということになったのです」
そのための取り組みが、フェラーリのデザインで有名な工業デザイナーの奥山清行さんとのコラボレーションだった。奥山さんは山形出身で、渡辺さんの高校の先輩にあたる。奥山さんに出された依頼は山形緞通の特色である『和』と『自然』のテイスト、多色から生まれる『グラデーション』を生かしたもの」だった。これは、それまでの古典的なデザインに新風を吹き込んだ。
平成18年から始まった奥山さんデザインによる『山形緞通』は、「MOMIJI」や「UMI」、「INAHO」など7作品がラインナップされている。やがて、25年の歌舞伎座建設で知り合った建築家の隈(くま)研吾さんデザインの「KOKE」と「ISHI」が加わった。これにより、山形緞通と著名なデザイナーがコラボしたじゅうたんシリーズ「デザイナーライン」が確立された。
「奥山さんとの出会いは、当社にとっては当たり前の歴史に再度、スポットを当ててくれたばかりか、社のデザイナーや職人たちにも大いなる刺激を与えてくれました」
そう語る渡辺さんの胸には「緞通は、インテリアを彩り、時代に応じて変わっていくもの」との思いがある。だからこそ、品質はもとより、デザイン性にしても同社ならではのものを加味して、山形の地から日本全国、さらに海外へと発信していきたいのだという。
より身近な存在へ
さらにこの流れを推し進めてくれたのが、ブランディングデザイナーの西澤明洋さんとの出会いだった。「もっと、もっと生活の場で山形緞通を使ってほしい。そのためにも、より多くの人に存在を知ってもらう必要があると思い、西澤さんにブランディングをお願いすることになったのです」。
社内の職人や製造の責任者も含めてプロジェクトチームが組まれた。ワークショップ形式で、全員が山形緞通の良いところ・悪いところを洗い出し、今後どうなっていきたいかを話し合った。4カ月後、西澤さんの提案は、「現代ライン」という新シリーズをつくることだった。伝統の山形緞通の技術を生かした上で、現代的な生活風景の中にも溶け込むようなデザインと、個人が購入できるリーズナブルな価格帯という設定だ。
「奥山さんとの出会いがあったから、新しいデザインのチャレンジ精神を知ることができ、『現代ライン』という新しいデザインの領域にも入っていけたのだと思います。今年の秋には『近代古典』をテーマに新作を考えています」
現在は法人が顧客となる建築関連が6割、ホームユースが4割だが、やがてはこの数字を逆転させるつもりだ。そのためにも、ここ山形から『山形緞通』の良さを発信していきたいと、渡辺さんは力強く語った。
会社データ
社名:オリエンタルカーペット株式会社
住所:山形県東村山郡山辺町大字山辺21番地
電話:023-664-5811
代表者:渡辺博明 代表取締役社長
従業員:50人
※月刊石垣2015年6月号に掲載された記事です。
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