事例1 空き家からまちを元気に
空き家プロジェクト nanoda(長野県塩尻市)
シャッターが下りたままの商店街を元気にしたい。そのためにはまず、自分たちが商店街へ飛び込んでみよう、そこでやれることから始めてみよう――。長野県塩尻市では、若い力が中心となって動き、まちに少しずつにぎわいが戻り始めている。
実際に商店街に身を置いてみる
「塩の道」の最終地点として歴史的に知られる塩尻。その中心市街地にあたる大門地区は明治35年、塩尻駅の完成以降、駅前商店街として栄えてきた。ところが昭和57年、駅舎が別の場所へ移転したのを機に人の流れが変化。中心地が衰退し始めた。その流れを止めるため、平成5年、商店街の真ん中に大型ショッピングセンターを誘致したものの、22年には撤退してしまう。買い物客の多くは国道19号沿いの郊外店に流れてしまい、その傾向を変えることはできなかった。その結果、大門地区では、閉店が相次ぎ、都市機能を失いつつあった。塩尻市は打開策として中心市街地の活性化の拠点として、市民交流センター「えんぱーく」を建設し、一定の成果を挙げた。しかし、まち全体がかつてのにぎわいを取り戻したわけではない。
そんな中、塩尻市の若手職員が中心となって24年4月から始めたのが「空き家から始まる商店街の賑わい創出プロジェクトnanoda(なのだ)」である。市の職員であり、代表を務める山田崇さんは経緯を次のように語る。
「魅力ある商店街をつくり、まちを活性化するため、自分たちに何ができるのかを話し合う勉強会をずっと続けていました。思えば商店街に住んだことも商売をしたこともない自分たちに課題解決ができるはずがない。まずは自分たちが商店街に身を置くところから始めてみよう、ということになり、このプロジェクトが始まったのです」
山田さんたちはすぐに有志を30人集め、しばらくの間一人1カ月1000円ずつ出してもらった。そして、塩尻商工会議所に空き家物件の大家を紹介してもらい、月1万1000円で借りることに成功、「nanoda」と名付けた。ここを拠点に、商店街のにぎわいを創出するイベントを実施するところからスタートした。
課題は千差万別
イベントの内容も実にユニーク。月一回週末の朝7時、nanodaに集合して、商店街の人たちと朝ごはんを食べる「朝食なのだ」、塩尻ワインの振興を目的の一つとして、毎月20日にみんなでワインを飲む「ワインなのだ」、そして、商店街の空き家を掃除する「お掃除なのだ」など「えっ」と思うものばかりだ。「参加者も塩尻市内だけでなく近隣地域へと次第に広がっています。『地域のために』と構えず、もっと軽いノリで、『何か面白そう』という感じで参加してくださる。でも、それでいいと思っています。行政はとかく集客数でイベントの成否を判断しがちですが、僕は3人集まれば十分、とりあえず決行します。このプロジェクトの目的は集客ではなく建物の家主さんと話すことだと思っているので。その代わり、どんなイベントのときも必ず、商店街の方からどんな課題を抱えているのかヒアリングさせてもらうように心掛けています」。
そこで浮かび上がってきたのが、商店街の人たちは意外にもシャッターを上げて商売を再開させたいとは思っていないという事実だった。「課題は本当に一人ひとり違うので、対応も一律では通用しないなと感じています。だからこそ、まずは目の前の課題に丁寧に対応し、やれることをやって、次の行動につなげていく。それを繰り返すことでまちに少しずつでも活気を取り戻していきたい」と山田さん。それでも地道な活動は着実に実を結び、プロジェクトを開始して以来、3軒の空き店舗がシャッターを上げた。
「市内の建築士たちが集まって、空き店舗のリノベーションを手掛ける組織、有限責任事業組合(LLP)『仄々(ほのぼの)』を設立してくれ、店舗改修と再利用を進めることでまちづくりに貢献してくれているんです。おかげで、もともと洋装店だったお店を若い女性が借りて雑貨店を始めてくれたり、nanodaを基点にして、さらに輪が広がって新たな取り組みが始まることが何よりうれしいです」
隣接地域にある岡谷商工会議所の清水千大さんは、塩尻の山田さんたちに刺激を受け、同世代男性4人で「だもんで」を結成、空き店舗を借りて拠点にし、商店街の人たちとコラボ商品を企画するなどさまざまな活動を行うようになった。「自分たちが楽しむことでまちを元気にしたい。最近では世代を超えた仲間も増え、今までになかった視点でイベントを企画できるようにもなりました」(清水さん)。
若者を応援する大人の存在が大切
nanodaも今年3年目。活動を通して実感したのは、若者を応援する大人が多ければ、まちの再生につながりやすいことだという。「『自分たちはもう商売はしないけれど、若い人たちが何かやりたいんだったら応援してあげる』、手を差し伸べてくれる〝大人たち〟がいてくれるだけで、『よっしゃ、頑張ろう』って若者は意欲的になれる。そういう場所にこそ自然に人は集まってくる気がします。目に見えない大人の支えが大切じゃないかなって最近、よく思うんです」。
現在、塩尻商工会議所に出向中の山田さん。同所の山田正治会頭はことあるごとに「思い切りやれ。君の失敗は私が責任を取ってやるから」と言ってくれるそうだ。また、市の前職場の上司、田中速人恊働企画部長も「自由に動け。でも、一歩二歩と進み、三歩目でお前が間違えたらそっと肩を叩いてやるから」と背中を押してくれる。「こういう大人たちのおかげで、僕らは職域を超えてnanodaのようなプロジェクトにも思い切って挑戦できているような気がするんです」。
山田会頭は「市も商工会議所も地域活性化という同じ目標に向かっているんだから、協力し合おう」とよく口にする。この言葉を山田さんは肝に銘じているという。
「互いの役割や持ち味を生かし合いながら、連携することで相乗効果が生まれ、それがまちの再生につながる大きな力になるはずです。いろいろな立場の人たちが協力し合うことで、絶対、まちは元気になる。それが今の実感です」
※月刊石垣2015年3月号に掲載された記事です。
最新号を紙面で読める!