Q 年次有給休暇は労働基準法39条に定められた権利ですが、使用者が年次有給休暇について、法定付与日数よりも少ない日数しか与えなかった場合や、取得目的を制限した場合、使用者に何らかの損害賠償責任が生じることはありますか?
A 法定の付与日数よりも少ない日数しか年次有給休暇を付与しない場合や、年次有給休暇の取得目的を不当に制限したような場合には、使用者に労働契約上の債務不履行責任や不法行為責任などが生じることがあります。
年次有給休暇について
年次有給休暇(以下、「年休」といいます)は、労働者が6カ月間継続勤務し、全労働日の8割以上出勤するという客観的要件を充足することで発生する法律上の権利です(労働基準法39条)。この要件を満たしたときは10労働日の年休権が発生し、付与日数は継続勤務の期間の長さに比例して増加し、最大で、勤続年数が6年6カ月に達したときに20労働日の年休権が発生することとされています。
自由利用の原則
労働者が年休を取得する際、使用者に対して利用目的を説明する必要はありません。もちろん、権利の乱用と認められる場合はこの限りではありませんが、原則として労働者は年休を自由な目的に利用することができます。
ただし、使用者は労働者の年休取得により「事業の正常な運営を妨げることとなる」場合には、時季変更権を行使して、年休の発生を阻止することができます。
なお、労働者が年休を必要とする事情の内容によっては、業務に支障が生じても時季変更権の行使を差し控えるのが妥当な場合もあると考えられることから、そのような場合には、使用者は年休の使途を尋ねることも可能であると解されています(「電電公社此花電報電話局事件」の判決を参考)。
年休は法律上労働者に付与される権利ですので、会社が付与日数を制限したり、取得目的を制限したりする場合には、労働者の権利を不当に制限したものとして、労働契約上の債務不履行責任や不法行為責任が成立して賠償責任が生じることがあります。
裁判所の考え方
右に挙げた制限が実際に問題となった事例に関する裁判例として、「中津市事件」と「甲商事事件」をご紹介します。いずれも、使用者が付与すべき年休日数よりも少ない日数を通知するなどしていたため、労働者が損害賠償を求めたものです。
中津市事件では、使用者から通知されていた年休日数を超過して欠勤や病欠した日について、使用者が法定の年休日数を通知していれば、欠勤などせずに年休を取得できていたはずであるとして、欠勤などとして減額された賃金部分についての損害を認めました。
一方、甲商事事件では、使用者が年休の日数や取得目的を制限したことは労働契約上の債務不履行に当たるとしながらも、労働者が付与されていた日数を超えて年休の取得申請を行っていなかったことから、労働者の就労義務は消滅していなかったとして賃金相当額の損害発生については認めず、年休取得を妨害されたことに伴う精神的損害に関する慰謝料の賠償を命じるにとどまりました。
つまり、法定の年休日数を付与しなかったことによって労働者が欠勤などをしたため、賃金が減額されていた場合には、当該減額部分について賠償義務が生じ得るものの、法定日数未満の年休しか与えていなかったことだけでは不足日数分の賃金に相当する賠償を求めることはできず、そのような場合には、年休取得を妨害されたことによる精神的苦痛などに対する慰謝料として処理するというのが、両裁判例から読み取れる裁判所の基本的なスタンスであると考えられます。 (弁護士・苧坂 昌宏)
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