足元の為替市場で、円安・ドル高の傾向が鮮明になっている。この背景には、米国景気が回復し始め、FRB(米連邦準備制度理事会)による金利引き上げが現実味を帯びてきたことがある。そうなると、日米の金利差は拡大する可能性が高まる。一般的に為替市場では、金利の低い通貨から高い通貨へと投資資金が移動することが想定されるため、ドル高・円安の傾向が強まると考えられるのだ。
円安・ドル高の傾向は、わが国の主力輸出企業には追い風になるものの、輸入企業にはマイナスの影響を与える。そう考えると、円安が一段と進むことは、必ずしもわが国経済にプラスをもたらすとは限らない。現在の貿易収支は赤字で、輸入の方が輸出よりも多い。そのため、円安がさらに進むと、輸入企業の収益の悪化などを通して、わが国経済にマイナスの影響が及ぶことも考えられる。
世界の主要国間で自由に貿易が行われ、多額の投資資金が世界中を流れる現在では、二国の通貨の交換レートである為替が持つ意味は極めて重要だ。為替レートの変化によって、輸出入の流れやマネーフロー、さらには当該国の経済構造にまで大きく影響が及ぶ可能性がある。それは、2011年秋までの1ドル=75円台までの超円高の時期を振り返ると分かりやすい。当時、急激な円高傾向が進んだことで、わが国の輸出産業は大きな痛手を受けた。韓国や台湾などのメーカーからの追い上げで、わが国の半導体や家電製品などのメーカーは、一時期、大幅な赤字に追い込まれた。また、いくつかの半導体メーカーは、事業を集約することで生き残りを図らざるを得なかった。超円高の状況下、わが国の製造業は競争力を維持するため、為替リスクが低く、安価な労働力を得られる海外に生産拠点を移転する動きを活発化した。大手企業の生産拠点の移転によって、わが国の経済構造が顕著に変化したことは明らかだ。
一方で、円安の影響を単純に考えると、円安が進むと輸出にはプラス要因、輸入にはマイナス要因となる。また、一般的に、株式上場企業は輸出割合が高く、円安になると株価が上昇する傾向がある。株価が上昇すると、投資家が利益を手にする可能性が高まり、〝資産効果〟を通して個人消費、特に高額商品の売れ行きをサポートすることが考えられる。これは、円安の重要なメリットと言える。
一方、エネルギーや食糧品などの輸入企業にとって、円安になると輸入代金がかさむため、収益力が圧迫されることになる。エネルギー資源や食料品などは、価格が上昇しても輸入を減らすことが難しいこともあり、為替変動の影響をまともに受ける可能性が高い。現在、わが国では、原子力発電所が全て休止している。そのため、割高な代替のLNG(液化天然ガス)を大量に輸入していることもあり、円安の進展は輸入額の大幅な増加をもたらす。また、大手企業の生産拠点の海外移転が進んだ結果、輸出企業にとっても、円安によって以前ほど大きなメリットを享受しにくい状況になっている。
円安は物価にも大きな影響を与える。円安になると、当然、海外から輸入してくるものの値段が上がり、輸入物価は上昇する。今までデフレに悩まされてきたわが国とすれば、消費者物価水準が上がって、デフレから脱却できることには相応のメリットがある。物価水準を2%の上昇まで引き上げることを公約している日銀には、輸入物価の押し上げ効果はそれなりに重要なファクターになるだろう。
ただし、物価上昇の速度が上がりすぎると、国民生活にはマイナスの影響が及ぶ。現在、物価上昇のペースは速く、給料の上昇が物価の上がり方に追い付いていない。その結果、実質賃金が減っている。そうした状況が続くようだと、短期的な個人消費の伸びは期待しにくい。 いずれにしろ、円の価値が減価することは、結果として、われわれが持っている通貨の価値が下落するということだ。それは、海外旅行をしてみるとよく分かる。為替レートは、本来、当該国の経済の実力を反映して決まり、しかも安定していることが望ましい。その基本を忘れてはならないだろう。