市も商工会議所も2021年に100周年
喫茶店の早朝サービス「モーニング」発祥の地として知られる愛知県一宮市。市内には600軒近い喫茶店があるという。モーニングは卵料理が付くことが基本で、店ごとにオリジナルのメニューが提供される。
また、一宮は歴史好きには戦国武将・山内一豊の出身地という方がピンとくるかもしれない。織田信長と豊臣秀吉に仕えた山内一豊。小田原の役の後、遠州掛川6万石を得る。関ケ原で徳川家康につき、土佐20万石を与えられる。妻・千代の内助の功により駿馬を買った話は有名だ。
一宮市は愛知県北西部に位置する。濃尾平野の起伏穏やかな土地と雄大な木曽川水流に恵まれ、水や緑に親しめる公園が数多くあり、他市にまたがるサイクリングロードも整備が進んでいる。総面積113・82㎢、2018年4月1日現在、人口は38万5777人。名古屋市と岐阜市から、いずれも鉄道で10~15分ほどの距離にある。交通の基盤として、JRと名古屋鉄道の2つの鉄道および国道22号線(名岐バイパス)が市の中心部を南北に走る。市の南部には東名・名神高速道路が東西に抜け、東海北陸自動車道が一宮を基点に北陸方面へと伸びている。
古くから真清田(ますみだ)神社の門前町として尾張北西部の経済の中心的役割を担い、繁栄してきた。一宮の地名は、真清田神社が平安時代に尾張の国の「一の宮」であったことから呼ばれるようになったという。一宮の織物の歴史は古く、平安時代にまでさかのぼり、江戸時代には縞(しま)木綿や絹織物の生産地として広く知られていた。明治以降は工業化された毛織物工業の中心地として急速な発展を遂げた。1921年には市制が施行され、総合繊維産業都市として全国に知られる。また、2005年4月に尾西市と木曽川町との合併により、新生一宮市が誕生した。現在特例市で、21年の市制100周年を目標に中核市移行を目指している。 一宮は語呂合わせで「138(いちのみや)」。そして1727(享保12)年に真清田神社門前で三と八のつく日に開かれた三八市、さらに人口が38万人超など、38に縁があるようだ。
一宮市と時を同じくして1921年に創立された一宮商工会議所。2015年に四代目の一宮商工会議所会館を竣工した。同所の豊島半七会頭は会館を「尾張一宮駅ビルや一宮市役所新庁舎などと連動し、中心市街地のにぎわいを創出すること、さらには多くの人が気軽に集えるビジネスの創造と交流活動の拠点」と位置付けている。駅前の立地ながらも駐車場を整備し、バリアフリーやIT化などにも取り組んでいることから多くの人の利用がある。
地域に根付く食文化を資源として活用
一宮の代名詞ともいえる喫茶店のモーニングサービスは地場産業である繊維産業と切っても切れない。喫茶店は日本の高度経済成長期、一宮で盛んだった繊維産業を陰で支えた。
ガチャン、ガチャン――。ガチャンと織れば万の金がもうかるといわれた「ガチャマン景気」。1950年代後半、繊維産業が全盛期を迎えた。昼夜を問わず機械が稼働する工場の音は大きく、商談どころではなかった。そこで商談の場として使われたのが喫茶店。モーニングは朝から商談で訪れる常連客に提供したのが始まりだという。店主は機屋(はたや)の経営者をねぎらう気持ちでコーヒーなどの飲み物に、いつしかゆで卵とピーナツをサービスで添えるようになった。飲み物代のみで簡単な朝食のサービスが供されたモーニング。こうしてモーニングが一宮全域に広がり、喫茶店でモーニングを食べることが次第に市民にも広がっていった。
商工会議所などはこの食文化を広めようと、一宮モーニングプロジェクトを推進している。①市内の店舗で提供する、②起源にならって卵料理を付ける、③できるだけ一宮産の食材を使用することを「一宮モーニング3カ条」とし、ブランドの統一コンセプトにしている。
このプロジェクトを副会頭の時から陣頭指揮してきた豊島会頭は「繊維産業と密接な関係にあるモーニングサービスは、時代に合わせて商談の場から憩いの場へと形を変化させながらも、脈々と受け継がれてきた食文化。一宮の誇れる地域資源です」と太鼓判を押す。
「『モーニングのまち・一宮』を朝から元気なまちとして広く発信することで、市民が一宮の良さを再認識し、一宮をもっと好きになってもらいたい。それと同時に、交流人口の拡大を図っていきたい」
100店舗以上がこのプロジェクトに参加しているが、具体的なメニューは店によって異なり、多彩だ。伝統のゆで卵はもちろん、ボリューム重視やヘルシー志向など、店ごとにさまざまな工夫が凝らされている。選択肢が豊富なため、その日の気分でお店を選ぶのもいいが、店のオーナーとの会話を目当てに、このお店でと決めている常連さんも多いそうだ。
実際に参加店の一つ、「こむぎ君のキッチン」に行ってみると、平日にもかかわらず、朝9時の開店と同時に続々とお客さんが訪れてきた。ここではドリンク代にプラス300円で1日限定7食、こだわりの素材でつくった「プリンセスモーニング」を提供している。二人以上から注文でき、サンドイッチやオムレツ、サラダ、シフォンケーキがかわいく盛りつけられ、プリンセス気分が味わえる。ネーミングも素敵だが、見た目も麗しく、料理教室の先生がつくるだけあって味は折り紙付き。何人かでシェアしながら楽しめる。
「一宮モーニング」でブランド化図る
このプロジェクトは2007年に行われた「一宮モーニング博覧会」にさかのぼる。商工会議所青年部が一宮七夕まつりの協賛イベントとして、地元喫茶店によるモーニングの実演販売を一宮モーニング博覧会と銘打ち開催。3日間で1万人が来場し、メディアの注目を集めた。 この成功が、一宮の喫茶店で当たり前のように供されるモーニングが地域資源であることを気付かせるきっかけとなる。その後、09年度に商工会議所が設立した一宮モーニング協議会に活動が引き継がれ、一宮モーニングプロジェクトが始動した。
協議会では食文化、モーニングを地域資源として活用しブランド化を図り、地域の活性化に取り組んでいる。公式ホームページ(年間20万人が訪問)や一宮モーニングマップ(毎年5万冊発行)を通じ情報発信してきた。また、15年度の一宮モーニング博覧会では、大手食品メーカー「ケロッグ」とコラボレーションし、創作メニューづくりや、大学生・高校生への就業体験を行った。
そして、スタンプラリーの開催や公式キャラクター「イチモ」の設定、モニター隊「一宮モーニングエンジェルス」の結成、大学と連携した教養講座「朝学」など、次々と企画を打ち立ててきた。毎年度企画内容を見直して新しい要素を加え、訪問者を飽きさせず、リピーター獲得に余念がない。
これまでの10年間の取り組みが認められ、「一宮モーニング」が13年11月に県の地域資源、16年2月には地域団体商標の認定を受けた。地域団体商標制度は地域名と商品名からなる地域ブランドに関する商標を適切に保護するために06年4月1日にスタートしたもの。商工会議所などが地名を付した地域ブランドを使用して一定程度有名になった場合には地域団体商標として商標登録することができる。
こうした取り組みが功を奏し、同年6月に日本商工会議所による全国商工会議所きらり輝き観光振興大賞「観光立“地域”特別賞」に選ばれている。地元の大学生・高校生などの若者や食品メーカーと連携した幅広い事業展開などが評価された結果だ。
12年目を迎える今年度は、インスタグラムを活用したフォトコンテストの開催、異業種との連携事業として「レンタカーで一宮モーニングに行こう」などを予定している。
四つの柱で地域活性化に継続して取り組む
商工会議所では、四つの柱からなる地域活性化事業を強力に推進している。前述の一宮モーニングプロジェクトをはじめ、二つ目にはサブカルチャーに着目した一宮コスチュームタウンプロジェクト。今年度で7年目を迎え、コスプレやアニメの力を積極的に活用し、繊維のまち、かつ若者が住みやすいまちとしての知名度向上を狙う。12年にはテレビ愛知の世界コスプレサミットとタイアップし、世界20カ国総勢40人の世界を代表するコスプレーヤーと一般参加の約240人によるパレードを実施した。
間もなく一宮の夏を彩るまつりが始まる。同プロジェクトの一環として行われるコスプレ愛好者らによるコスプレパレードは見ものだ。諸説あるが、一宮の「おりもの感謝祭一宮七夕まつり」は日本三大七夕まつりの一つといわれている。毎年7月最終日曜日をフィナーレとする4日間、盛大に開催され、会期中の人出は100万人を超える。市民の守り神として崇敬される真清田神社の祭神天火明命(あめのほあかりのみこと)の母神、萬幡豊秋津師此売命(よろずはたとよあきつしひめのみこと)は太古から織物の神として知られ、その加護によって一宮の織物業が発達したといわれる。織物とゆかりの深い牽牛(けんぎゅう)、織女にちなみ、全市を挙げて繰り広げられる。
三つ目として一宮だいだいフェスタ大集合for Halloween、四つ目として冬の七夕カーニバル~一宮イルミネーション~に取り組んでいる。ハロウィーン時に行う一宮だいだいフェスタ大集合には約25の団体が参加し来場者数は延べで30万人に達し、一宮イルミネーションは冬の風物詩となるなど、地域になくてはならないものとして定着してきた。一宮には秋冬に代表的なまつりがなかったことから、商工会議所が中心となり、にぎわい創出を目的に秋と冬にそれぞれプロジェクトを立ち上げたのだ。
おもてなしの文化を核に通年型観光へ
豊島会頭は「この通年型観光の成果が徐々に上がってきている」と手応えを感じている。「プロジェクトを進化させながら継続させていく」。住む人がまちに誇りを持つとともに、交流人口をさらに増やしていきたいと意気込む。
一宮には、全国展開の大型チェーンとは異なる、家族経営による温かさが特徴の地域密着型喫茶店が多く存在する。繊維産業とともに育まれてきた究極のおもてなし食文化、モーニングは、時代に合わせて形を変えながら現在まで引き継がれてきた。一宮のこのモーニングを核とした通年型観光による未来への挑戦は続く。
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