「紙のまち」として栄える県下有数の産業都市
富士市は、静岡県東部に位置する人口約25万人の都市だ。市の北部には富士山がそびえ立ち、南には駿河湾を望む。冬でも雪がほとんど降らず、夏もあまり暑くならず、年間平均気温が約17℃と暮らしやすい気候だ。
江戸時代には、東海道五十三次の14番目の宿場として吉原宿が置かれにぎわった。明治時代になると、政府の産業振興策により、茶や桑の栽培などが盛んになり、また、富士山の豊富な湧水を利用した製紙業が発展した。1889年には東海道線鈴川駅(現在の吉原駅)、1909年には富士駅が設置され、さらに、13年には身延(みのぶ)線も開通するなど交通の分岐点として栄え、今日の発展の基礎が形づくられた。
64年に田子の浦港が港湾法による「重要港湾」に指定され、68年には東名高速道路の富士インターチェンジが開業。88年には新幹線新富士駅が開業し、産業都市としての機能がさらに拡充された。2012年には新東名高速道路の新富士インターチェンジが開業し、周辺地域に新たな物流拠点や工業団地が整備された。
現在では、全国有数の紙のまちとして知られ、家庭用再生紙製造では日本一の生産量を誇る。また、同市には、自動車や電機、化学などの本社や工場が置かれ、静岡県下有数の産業都市となっている。
将来を見据え観光振興にも注力
「富士市は製紙業を中心とする工業により発展してきた。しかし、今後は観光にも力を入れていく必要がある」と富士商工会議所の牧田一郎会頭は語る。2013年に富士山が世界文化遺産に登録されたことにより、国内で注目度が上がり、海外からの観光客も大幅に増加した。同所が今年創立50周年を迎えることも契機に将来を見据え、今後、観光事業にも注力していく。
同所は、ドローンで撮影した同市の紹介動画を今年10月に公開予定だ。同市には、富士山に加え魅力的な観光資源が多く存在する。山部赤人(やまべのあかひと)の和歌でも有名な田子の浦や、富士の裾野に広がる茶畑、全国でも有数の「工場夜景」など。中でも田子の浦漁港のしらす漁の空撮映像は、ドローンならではの迫力あるものになったという。
また、強力な観光資源である富士山を活用した取り組みも予定している。同所が行政などと協力し、まちなかにあるライブカメラをネットワークで結び、さまざまな富士山の姿を見ることができるようにする試みだ。
同市の「工場夜景」も、観光振興に一役買っている。愛好家たちの間で、夜間の工場の様子を撮影することが人気となっており、同市を含め、全国各地の工業地域の夜景が注目されているのだ。建物自体の大きさや、工場特有のパイプが複雑に入り組んだつくり、工場が発する明かりなど、独特な雰囲気が好まれているという。
同所では、工場夜景を観光資源として活用するため、「富士工場夜景MAP」の作成や、工場夜景の撮影ツアーを行っている。近年では、「カメラ女子ツアー」が人気だという。工場夜景に興味を持ったとしても、夜景の撮影にはちょっとしたテクニックが必要だ。また、女性の夜間の一人歩きには不安が伴う。工場は立ち入りが禁止されている区域も多い。カメラ女子ツアーでは、このような問題を全て解決してくれる。撮影前に専門家から撮り方を教えてもらい、普段入れないような場所から撮影もできる。大人数で移動するので、夜間でも安心だ。カメラ女子ツアーでは毎回定員が埋まることからも、工場夜景の人気がうかがえる。
こだわりの漁法でとる新鮮で絶品のしらす
田子の浦は、風光明媚(めいび)な場所であるだけでなく、全国でも有名な「しらす」の産地だ。「こだわりの漁法で水揚げされる田子の浦のしらすは、おいしさに自信がある」と、田子の浦漁業協同組合の志村正人代表理事・組合長は語る。
田子の浦のしらす漁の特徴は、「一艘曳(いっそうび)き」という漁法にある。一艘の船で網を引くため、他の多くのしらす産地が採用している「二艘曳き」と比べ、しらすが傷まないという。その分、漁獲量は劣るが、量よりおいしさにこだわった漁法だ。船上でしらすを氷締めすることや、漁場が港から近いことも、この港でとれるしらすのおいしさの秘密だという。なお、このようなこだわりの漁法が地域固有のブランドしらすを生み出していると認められ、昨年、田子の浦のしらすは農林水産省の「地理的表示(GI)保護制度※」に認定された。
田子の浦漁協では、しらすなど新鮮な海の幸を多くの人に味わってほしいと、漁協の建物の一角に2011年から食堂を設けている。口コミやテレビの影響で年々訪問者が増え、現在では年間で7万人以上が訪れている。
同漁協では、漁港の周辺環境の整備も進めたいという。田子の浦の海岸沿いには「ふじのくに田子の浦みなと公園」がある。今年2月に全ての施設が完成したこの公園は、約7・3haの広大な敷地を持ち、家族連れなどでにぎわう。漁協食堂から同公園までは歩いて10分ほど。この二つの拠点を結ぶプロムナードをつくり、多くの観光客を呼び込むとともに回遊性を高めようという計画がある。
※産地における伝統的な生産方法や気候・風土・土壌などの特性が、品質などの特性に結び付いている産品について、名称(地理的表示)を知的財産として登録し、保護する制度
健康経営推進など企業の課題解決に尽力
「企業にとって、社員が心と体の健康を保てる環境を整えるのは当然だ」と、昨今の「健康経営」の潮流について牧田会頭は語る。健康経営とは、「会社の元気は、従業員の健康から」という観点から、社員の健康を重要な経営資源と捉え、健康増進に積極的に取り組む企業経営スタイルのこと。以前から牧田会頭は、株式会社田子の月の経営者として、社員の健康を大前提に会社の運営を行ってきた。近年は、政府が主導して健康経営を推進しているが、この動きにより、もっと人を大切にする企業が増えることを望んでいるという。
同所では、静岡県が設けた「ふじのくに健康宣言事業所」という制度へのエントリー企業を募ったり、セミナーを開催したりすることで、健康経営を推進している。同制度に認定されることで、企業にとって、従業員の健康増進による労働生産性の向上、企業のイメージアップなどといったメリットがあるといわれている。現在、静岡県内では約800社、富士市内では約140社が同制度の認定を受けているという。今後、同所は、同市や全国健康保険協会(協会けんぽ)などと協定を結び、健康経営をさらに推進していく予定だ。
また、近年は全国的に人手不足であり、市内でも人材確保に悩んでいる企業が多数ある。特に同市は、東京と名古屋という大都市に挟まれているため人材の流出が著しい。大都市圏の大学に進学し、地元に戻らずにそのまま就職をする学生も多く、人材の確保は厳しさを増しているという。
学生に地元への就職を促すため、同所では、隣の富士宮商工会議所と合同で「合同企業ガイダンス」の開催や、ウェブサイト「就活ナビ」の開設などを行っている。今年開催した企業ガイダンスには、134社が参加し学生に対して説明を行ったほか、面接に役立つ「身だしなみセミナー」や「メークセミナー」なども開催された。今年開設した「就活ナビ」では、地元企業の情報を掲載するとともに、富士市・富士宮市に移住・Uターンする場合に利用できる相談窓口や支援制度など、地元密着の情報も紹介している。
同市が「紙のまち」であることを市民に知ってもらい、産業振興につなげるため、同所は2013年から「富士山紙フェア」を開催している。同フェアでは、トイレットペーパーやティッシュペーパーの特売に加え、紙を使った芸術作品の展示、段ボール迷路などさまざまな催しが企画され、昨年は1万6000人が来場した。
また、同市には多様な産業の集積があることから、昨年から「ものづくり力交流フェア」も開催している。市内企業の技術披露・交流の場として、また、市民に地元産業への理解を深めてもらうために開催。今年からは、「富士山紙フェア」との隔年開催を予定している。 「富士商工会議所としては、中小企業振興のため、経営指導などを行うとともに、事業承継の推進、生産性向上といった課題にも対応していきたい。加えて、健康経営の推進や人手不足の解消、市民への地元産業のPRなどについても、具体的に事業を展開していく」(牧田会頭)
富士山だけじゃないおすすめの見どころ
富士市における歴史ある祭典として、毎年6月に開催される「吉原祇園祭」が挙げられる。21の山車がまちを練り歩き、毎年約20万人が訪れる。山車に加え、神輿もまちに繰り出すのだが、「けんか神輿」と呼ばれるほど荒々しいのが特徴だ。かつては勢いのあまり家屋を破壊してしまったこともあったという。
また、日本三大だるま市が開催される「毘沙門天(びしゃもんてん)祭」も大いににぎわう。期間中は「毘沙門天王」が人々の願いを聞いてくれるというこの祭りは、毎年2月に香久山妙法寺(こうきゅうざんみょうほうじ)で開催され、境内は夜遅くまで多くの参詣者でにぎわう。
最近は、海抜0mの地点から富士山頂までを踏破する「富士山登山ルート3776」にチャレンジする人も増えているという。同市が設定した全長約42㎞の登山ルートで、途中で宿泊しながら、富士山の眺望やまちの景色、観光スポットを楽しみながら登山できる。
同市は全国有数の茶の産地であり、富士山麓の斜面を利用した茶畑が多くある。特に大淵笹場(おおぶちささば)は富士山を背にした茶畑の構図が美しく、全国から写真愛好家が訪れる人気スポットだ。また、東名高速道路の富士川サービスエリアには道の駅「富士川楽座」が併設されており、富士山の撮影スポットとして、多くの高速道路利用者が立ち寄る。
同市のご当地グルメ「つけナポリタン」も人気だ。トマトスープをベースに鶏ガラと合わせたダブルスープ、太めのちぢれ麺が特徴。市内のレストランなどで提供されている。
「富士市は、多くの観光資源があるにもかかわらず認知度が低いと思う。今までは工業のまちだったが、将来を見据え、今後は観光振興も大切だ。広く富士市をPRし、まずは知ってもらい、そして来てもらうことが必要だ。観光客を受け入れることで、地元の観光産業に関わる人たちにも気づきがあるだろう。少しずつ観光産業を育てていきたい」(牧田会頭)
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