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真壁昭夫の経済底流を読み解く 世界経済の“尋常ではない変化”

わが国の著名経営者の一人は、「昨年11月以降、世界経済には尋常ではない変化が起きている」と発言した。この言葉の背景には、昨年の秋以降、中国経済が急減速していることに伴い、わが国企業の業績にもマイナスの影響を与え始めたことがある。米中の貿易戦争の“負の効果”が、中国景気の足を引っ張り始めている。また、中国国内で不動産バブルなどに伴い債務残高が膨張していることもあり、中国政府の政策の効果が表れづらくなっている。そうした状況が続くと、わが国をはじめ世界の経済にも黄色信号が灯(とも)る可能性もある。

リーマンショック後、世界のエレクトロニクス市場では、スマートフォンをはじめタブレット型デバイスが普及した。また、新興国での家電需要も高まった。それに加え、世界最大の自動車市場である中国では、大気汚染対策のために電気自動車(EV)などの普及が重視されている。中国では工場の自動化(FA、ファクトリー・オートメーション)のためにロボット需要も高まってきた。ロボットの駆動にも多くのモーターが必要とされる。この変化を受けて、多くのわが国企業は車載および家電・商業・産業用のモーター事業を重点事業に定め、これまで蓄積してきたテクノロジーやノウハウの応用を進めてきた。そうした動きは、昨年夏場まで予想以上にうまく進んだ。ところが、ここへ来て中国経済が急速に減速し始めた。昨年、中国では経済を支えてきた固定資産への投資が減少した上、米中貿易戦争への懸念や景気悪化の影響から個人消費が落ち込み景況感が弱含んでいる。中国企業は先行きへの警戒心を強め設備投資を抑制している。それは、わが国機械メーカーの中国からの受注額の減少にも現れている。

世界経済を支えている米国経済は、今のところ緩やかな回復基調を維持している。恐らく、今年は米国経済が失速する可能性は低いかもしれない。前半は緩やかな景気回復が続く可能性はある。ただ、過去の景気循環や、スマートフォンの売れ行き不振を考えると、後半以降は米国経済の減速が鮮明化するリスクは頭に入れておく必要があるだろう。そのリスクが現実味を帯びてくるようだと、世界のIoT投資や自動車販売にはブレーキがかかることも想定される。もう一つ無視できないのが、世界的な政治リスクの高まりだ。英国のEU離脱を巡る政治情勢は不透明で、いかなる決着になるかは当事者である英国やEU諸国の人々でも予想がつきにくい。特に、EUの盟主であるドイツ経済に陰りが見え始めていることもあり、欧州地域の経済の足を引っ張る懸念は拭えない。

そして最も重要なリスク要因は、米国のトランプ大統領の経済政策の運営手法といえるだろう。米国は中国によるIT知的財産の侵害が国家の安全保障の問題であると考えている。この見解は、共和党にも民主党にも見られる。米国の対中強硬姿勢はさらに強まる可能性がある。一方、中国の習政権も景気減速に直面しており、何らかの政策を早急に打ってその結果を国民に示す必要があるはずだ。習政権にとって重要な課題は、国内の不動産バブルと債務の膨張という問題に対処する一方、景気浮揚という二つの命題を同時に満足させなければならないことだ。それは口で言うほど容易なことではない。すでに中国政府が幾度となく金融政策を動員して景気を持ち上げようとしているにもかかわらず、中国経済の成長率が低下していることを見ても明らかだ。それに加えて、米中貿易戦争という厄介で、解決までに時間を要する難問が顕在化している。

そうした状況を考えると、世界的に企業の設備投資や新商品開発が従来以上のモメンタム(勢い)をすぐに取り戻すとは考えにくい。米国経済がしっかりしている間は、短期間で世界の景気が大きく落ち込むことは考えにくいものの、少し長い目で見ると、そのリスクは次第に高まっていると見るべきだ。わが国の著名経営者が“尋常ではない”と表現するほど、世界経済には変化が表れつつあることを冷静に考えたほうがいいだろう。

まかべ・あきお 1953年神奈川県生まれ。76年、一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。83年7月ロンドン大学経営学部大学院卒業。メリルリンチ社ニューヨーク本社出向などの後、市場営業部、資金証券部を経て、第一勧銀総合研究所金融市場調査部長。現在、法政大学大学院教授。日商総合政策委員会委員。『はじめての金融工学』(講談社現代新書)など著書多数。

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