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真壁昭夫の経済底流を読み解く 経済の成長に必要なイノベーションの発想

今年1月2日、米国の有力ITメーカーであるアップルのティム・クックCEOは、投資家向けの書簡を発表した。その中で、同社の2018年10~12月期の売上高が、従来の予想を約10%程度下回る840億ドル程度にとどまる見通しと明らかにした。これを受け、一時、世界的に株価が不安定になる、いわゆる“アップルショック”が発生した。今回のショックで重要なポイントは、同社の発表を受けて市場参加者の多くが、アップルというIT先端企業の新製品開発などのイノベーションが停滞することを懸念した点だ。それは、リーマンショック後の世界経済の成長と安定に重要な役割を果たした、スマートフォンの需要が一巡しつつあることを示している。

故・スティーブ・ジョブズ氏らが創業したアップルは、米国経済のダイナミズムを象徴してきた企業といえる。ジョブズ氏は、従来にはない新しい商品=プロダクトイノベーションを生み出してきた。1985年に周囲との対立からアップルを去ったジョブズ氏は、翌96年にアップルの経営に復帰した。彼はプロダクト・ポートフォリオ(自社の商品ラインアップ)を見直し、7割程度のプロダクトの生産打ち切りを決定した。それで余裕が出た経営資源を、これまでにはない新しい商品の開発プロジェクトに再配分した。新商品の開発において、ジョブズ氏はデザインの美しさ、シンプルさ、従来にはないスマートな機能の提供などに徹底的にこだわった。それがあったからこそ、アップルは世界中の人が「欲しい!」と思ってしまうプロダクト(ヒット商品)を世に送り出すことができた。

そして2001年、アップルはiPodおよびiTunesを生み出した。それは、CDなどの音楽再生ソフトを購入することが当たり前だった私たちの常識を覆し、デバイスをネットワーク環境に接続し、好きな時にコンテンツを楽しむというスタイルを当たり前にしたのである。その後、ジョブズ氏の下でアップルはiPhoneを開発した。iPhoneの登場は、スマートフォンの世界的普及に拍車をかけ、フィーチャーフォン(ガラケー)からの乗り換え需要を生み出した。

そのジョブズ氏は11年に世を去った。ジョブズ氏の後任に選ばれたティム・クックCEOの下でアップルは、iPhoneの改良を行うことで旧モデルからの買い替え需要を確保しようとしてきた。その経営は、アップルがイノベーションではなく、ジョブズ氏の遺産に依存して業績の拡大を目指してきたことと言い換えられるかもしれない。そう考えると、アップルショックの本質は、ジョブズ氏のイノベーションが終焉を迎えつつあることだといえるだろう。具体的には、iPhoneを欲しいと思う人が減少していることが一つの証左といえる。iPhone販売台数の減少を、アップルは単価の引き上げで補おうとした。しかし、ファーウェイなど中国勢が低価格・高機能のスマートフォンを開発する中、価格帯の高いiPhoneが人々の支持をつなぎとめることは難しくなっているのだ。

かつてiPhoneの登場は、世界のIT先端分野にも無視できない影響を与えた。SNSやモバイル決済、個人の信用格付けサービスなどをはじめとするフィンテック(IT技術と金融理論の融合)ビジネス、ビッグデータの獲得と分析、IoT(モノのインターネット化)、自動運転テクノロジーの開発など、スマートフォンがインターフェイスとなってきたビジネスは枚挙にいとまがない。

アップルのイノベーションは需要を生み出し、世界経済の成長を支える原動力の一つだったのである。その原動力のパワーが落ち始めている。ただし、それで過度に悲観的になる必要はない。また新しいイノベーションをつくり出せばよい。これまでの人類の歴史を見ても、イノベーションによって経済が成長し、社会全体が豊かになってきた。イノベーションは、どうしても必要な成長の種なのである。一つの種が終わりを迎えたら、また新しい種をつくり出すことを考えるべきだ。

まかべ・あきお 1953年神奈川県生まれ。76年、一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。83年7月ロンドン大学経営学部大学院卒業。メリルリンチ社ニューヨーク本社出向などの後、市場営業部、資金証券部を経て、第一勧銀総合研究所金融市場調査部長。現在、法政大学大学院教授。日商総合政策委員会委員。『はじめての金融工学』(講談社現代新書)など著書多数。

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