お客さまでにぎわう日曜日、中村勇太さんはシューズ売り場で1人のお客さまを対応していた。〝最良の一足〟と出会ってもらうために、数多くの研修やセミナーを受講して身に付けた商品知識をフル動員して、メーカーごとの特徴や用途に最適な使い方を説明しつつ足のサイズを測り、何足も試し履きを勧め、時間をかけて熱心に……。
ようやく最良の一足にたどり着いたとき、お客さまはこうおっしゃったという。
「……ちょっと検討します。あっ、これ写真に撮っていいですよね」
大切なものを大切にするために
中村さんは次回の来店を促しつつ、そのお客さまを丁寧に見送った。再び来店して購入いただくこともあるが、ほとんどの場合、その接客は実らない。多くのお客さまはすぐさま写真をもとにネットで検索、最も安い価格を打ち出している店で購入する。いわゆる「ショールーミング」である。
こうした体験は彼だけではなく、他のスタッフたちも幾度も味わい、むなしさをおぼえているという。努力して身に付けた商品知識は成果につながらず、そんなことが続けば心も折れる。何より、自店を頼りにしてくれる、本当に大切なお客さまに寄り添う時間を接客サービスの名のもとに奪われていく。
スタッフとお客さまを守るため中村さんは覚悟を決め、売り場に「ノーショールーミング宣言」を掲げ、SNSを通じて、その理由を発信した。コロナ禍にあって、政府も「待てる買い物は通販で」(人との接触を8割減らす、10のポイント)と、ネットでの購入を推奨する5月のことだった。
「(前略)私たちも自分(会社)の時間とお金を使って商品に対する知識を得て、それをお客さまに還元しています。その原資は当店で商品をご購入いただいているお客さまのご厚意で成り立っています。
ネットにはネットの良さがあり、実店舗は実店舗の良さがあると思います。当店のお客さまのご厚意をネットでモノを買うために利用しないでいただきたく、このようなお願いとなりました(後略)」
コロナ禍を革新のバネに挑戦
中村さんが店長を務めるのは千葉・鎌ヶ谷市の「超野球専門店CV」。野球用品店ではなく、野球専門店である。
「単なる道具やモノを売る店ではなく、野球がうまくなりたいと努力する球児の技術向上と、地域の野球文化を育む存在を目指しています」と、同店を運営するスポーツシーブイの中村俊也社長は事業理念を語る。例えばグローブなら30ブランド、およそ1200アイテムが並ぶ、まさに野球愛好家の聖地だ。136坪の店内には関東最大級の品ぞろえはもちろん、愛用品を長く使っていくための修理工房、技術向上をアドバイスする試し打ちスペース、科学的トレーニング方法を伝授するセミナールームなどがそろう。
「そうしたハードを生かすのはソフト、つまりスタッフの商品知識と提案力です。ノーショールーミング宣言とは、ソフトは無料ではないことを知らせると同時に、われわれにとってもさらに自らを向上させて、さらにお客さまに感動を提供することを宣言したものです」(俊也社長)
同店の宣言に、多くの反響が寄せられている。そのほとんどが賛同であり、消費者ばかりではなく、同じ悩みを持っていた商業者からも共感が続々と届いているという。
「宣言後、売り上げは以前よりも上がっています。丁寧な接客が購買につながるので、スタッフのモチベーションも高まり、さらに良い接客をしようと盛り上がっています」(勇太店長)
ノーショールーミング宣言ばかりでなく、全国の野球専門店と協同するクラウドファンディング、オンライン通販の強化、オリジナル商品開発など、従来のやり方を超えた取り組みは、全て同社の目指す〝在り方〟につながっている。コロナ禍を革新のバネに挑戦する同社から目が離せない。
(商い未来研究所・笹井清範)
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